「溝口は滅びた」---
敗戦後の悪評を、永年の盟友が国際的名声に変える
溝口健二Vol.8

vol.7はこちらをご覧ください。

 昭和十八年七月、溝口健二は、松竹の企画による中華和平映画のため大陸にわたった。芥川賞作家の富沢有為男、脚本家の依田義賢、助監督の高木孝一らが同行した。

 大陸行に際して、溝口は軍刀をもっていくと言ってきかず、備前の業物だという刀を仕立てた。けれど、いざとなると照れて行李にしまいこみもちださなかったという。

 軍刀の件は可愛いものだったが、待遇にはこだわった。佐官ではなく、将官待遇にせよ、と強硬に要求したのである。

 当時、画家では藤田嗣治と横山大観が将官待遇を受けていたが、映画関係者で将官待遇を受けていた者はいなかった。けれども、溝口は同行する依田らと同じ佐官待遇である事について大変不満で、内閣総理大臣による文部省映画委員会の辞令を持ち出して、強硬に将官待遇を要求したのだった。

 キャセイ・ホテルに投宿したが、日本では考えられないほど豪勢な食事が饗されたという。けれど一方で、親日派の作家が暗殺されるなど治安はかなり悪かった。

 一向は、途中、溝口が無礼な憲兵と争うなどのトラブルがあったものの蘇州、丹陽、揚州、南京などでロケハンをした後、無事帰郷した。結局、合作映画は戦況の悪化により中止となり、溝口は軍属の任を解かれた。

 昭和十九年に『団十郎三代』と『宮本武蔵』を撮影し、翌二十年二月には花柳章太郎、山田五十鈴のコンビで『名刀美女丸』を製作した。溝口は同作について、「今更、なにも云うことはない」と回顧しているが、名優二人に川口松太郎の脚本を得て、戦時中の作品としてはユーモアもある、隠れた秀作だ。

 敗戦後、占領軍の指導の下、松竹にも労働組合が出来、溝口は委員長に就任したが、もともと政治的に立ち回れる性格ではなくすぐに辞めてしまった。

 戦後第一作は『女性の勝利』、ついで『歌麿をめぐる五人の女』、『女優須磨子の恋』、『わが恋は燃えぬ』と撮影するが、まったく生彩がなく、「溝口は滅びた」と世評されたという。松竹から契約を解かれて新東宝で『雪夫人絵図』を手がけるが惨憺たる失敗に終わる。

観客が理解できるように書き直せ

 永田雅一の求めにより川口松太郎が大映京都撮影所製作担当専務に就任し、そこで溝口は『お遊さま』を製作することで、再起の糸口を得た。川口と永田は、溝口にとって永年の盟友であり、彼等は監督生命の危機を救うために『お遊さま』を委嘱したのである。

 とはいえ『お遊さま』は、一筋縄ではいかなかった。谷崎潤一郎による原作(『芦刈』)は、老人の回想、さらにその老人の父の回顧などといった複雑な構造をとっている。シナリオを担当した依田は、原作に基づく形で初稿を書いたが、川口は「これでは観客に理解できない」として、書き直しを命じ、お遊さまに対する忠誠を貫こうとする慎之介とお静の夫婦の苦闘というドラマの核は保持したものの、田中絹代演じる、お遊さまの存在感は稀薄になり、堀雄二演じる慎之介と乙羽信子演じるお静の絡みが主体となってしまった。

 「堅い決心があって参りました。私を形だけの嫁にしてください。どうぞ姉さんを幸せにして下さい。私を貰うて下さったのも、姉さんと一緒にいたいからでしょう。あんさんの妹になるつもりで参ります」

『お遊さま』 お遊さま(田中絹代・写真左)と妹お静(乙羽信子)の戦いが活写される(1951年・大映)

 宝塚から大映に移った乙羽は、新藤兼人の『愛妻物語』に出演した後、『お遊さま』で頭角をあらわした。ドラマはかなり倒錯したもの---谷崎の真髄としてのマゾヒズム---だが、「えくぼ」を売り物にしていた清純派であった乙羽は、この作品によって女優として飛躍を遂げた。田中絹代は、完全に食われた形になったが、以後闘志をかきたてられたのか、凄まじい演技を見せるようになる。

 しかし何といっても重要なのは、溝口の復調であった。次作『武蔵野夫人』は失敗したものの、『西鶴一代女』でヴェネチア映画祭国際監督賞、『雨月物語』でヴェネチア映画祭銀賞、『山椒大夫』でもヴェネチア映画祭銀賞を受け、国際的な名声を得るに至った。

 『芦刈』は、『細雪』に至る晩期谷崎の重要な作品として位置づけられているが、なかなか解釈が難しい作品だ。読み方、解釈が諸家の間でもかなり分かれている。

 基本的な問題点は、第一に冒頭から四分の一を占める水無瀬神社周辺についての、散策記というか紀行文的な記述の、小説における意義は何なのか、という点。第二に谷崎自身とおぼしい「わたし」が、中洲で出会う「をとこ」の正体は誰か、何なのかという事。第三に、「をとこ」がいつの間にか不在になってしまう、結末の意味あい、といった処だろう。

 こうした疑念から引き出されるのは、「をとこ」は本当に「慎之助」の息子なのか、母であるという「お静」と、母の姉である「お遊さま」と「をとこ」の関わりは、如何なるものなのか、という点である。

 この点について、秦恒平氏は、「をとこ」は「お静」の子供ではなく、「慎之助」と「お遊さま」の間に生まれた不義の子である、とする解釈をとる。この読み筋に従えば『芦刈』は、『吉野葛』などと同様の、典型的な谷崎流の母恋物語、ということになる。

 ただ、秦氏自身が注記しているのだが、「わたし」が、「もうお遊さんは八十ぢかいとしよりではないか」と質す部分の解釈が難しい。もしも、この時、「お遊さま」が八十歳であるとすれば、「をとこ」は、その子である事はありえない(『谷崎潤一郎』)。

 一方、河野多惠子氏は、結末の「そのをとこの影もいつのまにか月のひかりに溶け入るようにきえてしまう」というくだりを正面から受け取り、「をとこ」を「慎之助」の亡霊であるとしている。そこから更に踏み込んで河野氏は、『芦刈』の主題は、当時進行中であった、人妻である根津松子との恋愛であるとし、その障害を抱えた状況が、「慎之助」(そしてその亡霊である「そのをとこ」)が、毎年月見の宴に際して「お遊さま」の別荘の周辺を彷徨する、という構図として小説化された、というものである(『谷崎文学の愉しみ』)。

 河野氏の解釈は、さすが小説家というスマートなものだ。にもかかわらず、冒頭部分の小説における位置づけについては、有機的な解釈を提供している、とはいえないように思われる。


日時:2011年10月20日(木) 19:00~21:00(受付開始:18:30~)
場所:株式会社講談社本社6階講堂
アクセス:
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■定員:350名
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日時:2011年11月27日(日) 15:00~17:00(受付開始:14:30~)
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