『赤い三日月 小説ソブリン債務』黒木亮が緊急寄稿
「ハゲタカ」に狙われる欧州の金融危機を横目に、急浮上する「オスマン帝国」のルネッサンス

黒木 亮 プロフィール

 当時、トルコで対外債務の借入れや管理をしていたのは財務貿易庁(通称・トレジャリー)という役所で、アンカラ市内のミトハト・パシャ通り18番地の古い10階建てのビルに入っていた。先方の担当者は、近代トルコ建国の父、ケマル・アタチュルクの右腕だったサドリ・マクスーディー・アーサルという法律家の孫の40代半ばの女性官僚だった。祖母からタタールの血を引いていて、瞳の色が冬の朝のボスポラス海峡を思わせる灰色だった。

 彼女の交渉術は芸術的な美しさで、ファイナンス案を提出し、電話をスピーカー式にして待機していると、「ディス・イズ・ターキッシュ・トレジャリー!」というナイフで切りつけるような声が響き、一瞬にして室内が緊張感に包まれた。彼女はトルコ共和国の顔で、何百ドルという膨大な対外債務を一人で支え、東京でサムライ債の調印式に出席した翌日、ニューヨークに飛んでヤンキー債の投資家説明会に出席し、次の週にはマタドール債の交渉のためにマドリードに向かった。

 シティバンクが引受銀行団に払うフィーを出し惜しんでシンジケート・ローンの組成が遅延したときは、有無をいわさず主幹事を剥奪した。1994年1月にムーディーズがトルコを投機的等級に格下げして資金調達源が干上がり、国がデフォルトの危機に瀕したときは懸命の努力で、翌年4月にシ・ローンとFRN(変動利付債)の組合せで5億ドルの調達に成功して民間融資の流れを再開し、祖国をデフォルトの危機から救った。

 わたしは彼女のことが忘れられず、今般上梓した『赤い三日月~小説ソブリン債務』(毎日新聞社刊)の中で描いた。

見違えるような復活をとげたトルコ

 トルコはその後、腐敗の噂が絶えなかった女性首相タンス・チルレルの失政などが原因で、2000年初頭まで政治の混乱が続き、再び「欧州の重病人」に戻るかと思われた。ところが、2002年にイスラム系の公正発展党(AKP)が政権を握ってからは、見違えるような復活を遂げた。

黒木 亮
『赤い三日月 小説ソブリン債務(上) 』
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 2007年までの経済成長率は年平均7%で、2008、2009年はリーマン・ショックの影響でマイナス成長だったものの、2010年には8.9%と復活し、今年は6%程度になる見通しである。化石燃料の9割以上を輸入に頼っている非産油国としては、異例の好調ぶりといえる。対外債務と公的債務の残高はGDP比でともに約40%にすぎず、インフレ率は6%前後である。ムーディズは昨年1月にトルコの長期格付けをBa3からBa2に引き上げ、同年10月には見通しを「安定的」から「ポジティブ」に変更した。

 こうした好調の理由は、2002年以来AKPが国会で安定多数を占めている政権の安定と、エルドアン首相の政治手腕にある。トルコは1990年代半ばから2000年代前半にかけ、IMFの勧告にしたがって緊縮財政、銀行セクターの再編、民営化、公務員削減などを実施し、EUとの加盟交渉を利用して市場経済化のための法令改正などを行ってきた。こうした改革の成果が、いち早くリーマン・ショック後の世界的不況から立ち直れた理由である。

 しかし、自分たちに外国の手助けが必要がないと考えれば、迷いなく方針転換する意志の強さも持ちあわせている。IMFとの交渉は2010年に打ち切り、現在は完全なフリーハンドで経済運営を行っている。EU加盟については、EU側は「トルコは入れたくない」のが本音で、トルコも「無理してまで入りたくない」というのが本音である。