『招かれざる大臣 ~政と官の新ルール~』 著者:長妻 昭

 官僚には明治以来の歴史がある。帝国議会の発足にさきだって、官僚組織はスタートしている。その中で培ってきた文化を変えるのは一朝一夕にはできない。私が手がけた独立行政法人や公益法人への天下り規制、理事の公募制導入などは、強い抵抗を受けた。

 こういう時に大臣の真価が問われる。官僚と妥協するのも一つの方法だろう。彼らは大歓迎してくれて、行政の「自動運転」をしてくれる。自民党政権時代、多くの大臣がとってきた手法である。しかし、真正面からぶつかり、納得してもらう方法もある。

 私が選んだのは後者だ。

 実を言うと、時間がないことは予想していた。衆院の任期は4年あるが、通常、この間に何度か内閣改造がある。閣僚の任期は平均1、2年くらいだろう。私はもっと長くやった方がいいと思うし、とりわけ、厚生労働行政はカバーすべき範囲が広いうえに、専門性が要求される。できればじっくり腰を据えたかったが、そんなに時間的余裕はないのではないか。そんな予感と覚悟があった。

 4年ぐらいの時間があれば、官僚と徹底的に話し合い、こちらの考え方を納得してもらい、彼らからボトムアップで意見を吸い上げる形の改革も可能だろう。しかし、時間がなければ、ある程度はトップダウンでいくしかない。多少の軋轢は恐れず、号令一下やるしかない。覚悟の挑戦だった。

 厚生労働省は職員約3万3000人の大所帯である。一口にトップダウンと言ってもなかなか、末端まで意思が通じるものではない。

 私はあるメガバンクの会長を訪ねた。何万人もの行員が勤務するメガバンクは、規模でいえば、厚生労働省に匹敵する。歴史も社風も違う銀行が合併したメガバンクは、厚生省と労働省が合体した厚生労働省と似ていなくもない。しかも、その会長は、銀行のプロパーではなく、外部から招かれたのである。

 落下傘のように降りてきたトップに対し、行員は当初、疑心暗鬼だったに違いない。会長のご苦労は容易に想像できる。そんな「異文化」の中で、どうやって人心を掌握し、マネジメントをしたのか。お知恵とアドバイスを請うたのである。

「長妻さん、一度や二度言っただけではダメだ。何百回と同じことを言い続けるんだよ」

 会長からは、こんな言葉をいただいた。私はそれを実践したつもりだ。官僚が辟易するくらい、しつこく、何度も「なぜ、厚生労働省の改革が必要なのか」を説き続けた。こんなに口うるさい大臣は初めてだ、とずいぶん、陰口をたたかれたものだ。対立が新聞に書かれ、「もっとうまくやれ」と忠告してくれた仲間もいた。

 しかし、私は意に介さなかった。「生活者、国民の視点に立て」としつこく、言い続けたのである。