『政治は野良犬の喧嘩にあらず』

矮小な党内抗争に明け暮れる「裸の王様」菅首相に告ぐ
エジプトでは国民の蓄積されエネルギーが爆発した   〔PHOTO〕gettyimages

 菅内閣の支持率がまた下がった。ジェットコースターのように上がったり下がったりを繰り返す内閣も珍しい。こういうvolatilityの高さは国民の政治不信をいや増す。カリスマ性もなく、本気の覚悟で実現したいと考える事もなく、唯ひたすら官僚の言いなりになって政権を維持するだけの存在に成り下がっている菅総理は、今や、裸の王様だ。

 エジプトではムバラク大統領がネットを使った大衆運動の結果、追放されることになった。

 サダト大統領の暗殺後、穏健アラブの盟主たる国の最高権力者にたまたま登り詰めたムバラク氏は、就任以来、劣等感を抱き続け、周りを腹心だけにして人事が固定化。政策の転換ができなくなった。貧富の格差も固定化し、若者の不満は増大した(サンケイ新聞2月13日)。ムバラク王朝は30年で終りを迎えた。

 古今東西、王殺しこそは停滞した世の中を蘇らせる最も効果的な儀式である。閉鎖体系の中で蓄積されたエントロピーがヒートデスをもたらさないよう排出し、新しいエネルギーを吹き込む人類普遍の仕掛けでもある。

 民主主義国家では選挙においてこの仕掛けが発動される。愛知名古屋の「大河」ドラマは、その主張の是非は別として、民主、自民という既成秩序への破壊衝動がいかに強いかを見せつけた。日本の地下にあるマグマは出口を求めて蠢いている。

 民主党が政権交代を成し遂げた頃のマグマの流れは、格差是正や貧困といった等しからざるを憂う方向を向いていた。平等を達成するには官僚統制、中央集権、大きな政府が自然の流れ。だから、民主党はその方向に走った。

 今はどうだろうか。平等を求める人びとは依然として根強いが、移り気なマグマの流れは減税や活力、競争力の強化を向いているような気がする。小さな政府だ。河村・大村連合はこの流れに乗った。脱官僚・地域主権は本来、小さな政府。このことを民主党に期待した向きは、とっくに民主党から逃げた。歌を忘れたカナリヤはいらない。

政治のスターを排除する日本

 まつりごと、それは人心収攬である。菅氏は以前、民主党の若手にこう説いた。「政治の本質を知っているか。それは野良犬の喧嘩だ。」

 これを聞かされた人は、開いた口がふさがらなかったのではないか。でも、民主党内抗争はまさに、野良犬の喧嘩。先に噛み付いた方が勝とばかり、菅氏が小沢氏に離党を勧奨。天下りならポストを用意して勧奨するが、野良犬の喧嘩ゆえ、何もなし。それも反撃を恐れ、及び腰だから迫力もなし。結局、党員資格一時停止という甘々の処分となった。

 こんな党内抗争は人心を撹乱する一方だ。エジプトのようにインフレだったら暴動でも起きるのだろうが、この国は長引くデフレで人々の心の体温が低下してしまった。先行き不透明でリスクも取りにくくなっている。政権交代はそのマインド転換をする絶好のチャンスだった。しかし、覚悟と戦略のなさから再び閉塞状況へ。そこにつけ込むのが官僚主導体制だ。日本ではヒトラー型の独裁よりも、誰も責任を取らない官僚ファシズムの危険性の方がはるかに高い。

 小泉劇場や河村劇場を観て人々が溜飲を下げることはあっても、ナチスドイツ型の熱狂とはほど遠い。日本は、政治の世界でスター選手が出て来ようとすると、あちこちから足を引っ張られて潰されてしまうスターダスト社会なのだ。匿名の権力者がステルス的に支配するシステムが、各界各層、全国津々浦々に根を張っている。官尊民卑の政治文化が染み付いている。だから、政治のスターを排除する。

 政党は国民の政治意思決定に直接関与する存在だ。このような官僚統制・中央集権と官尊民卑の政治文化を根本的に変える魂を持った政党が在ってよい。それが、みんなの党だ。政治は「誰がやるか」以前に「何をやるか」が先行しなければならない。覚悟と戦略を持ったアジェンダが必要である。これがいい加減だから、党内抗争にまみれ、政治が野良犬の喧嘩となる。

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