世の中、上には上がいる〜私が見た「大秀才」たち

やっぱりあの人は頭がよかった
週刊現代 プロフィール

「東大から大蔵省に入り、当然、事務次官になるだろうと思っていたけれど、途中で退官して弁護士になった。あのくらい優秀だと、役所ではかえってダメなのかもしれない」(鳩山氏)

大蔵事務次官だった鳩山威一郎氏を父に持つ邦夫氏に、そうまで言わせる人物。その志賀氏に話を聞いたところ、「貧窮問答歌ではなく、二条河原落書の替え歌でしたね。『このごろ附属に流行るもの~』とやったんじゃなかったかな」とにこやかに語ってくれた。

鳩山氏の話にも出てきた、片山さつき参議院議員('59年生まれ)も伝説の持ち主だ。なんと高校3年生の最初に受けた全国模試で、1位の座に。代々木ゼミナールの全国模試で、現役の女子学生がトップにたったのは初めてのことだった。その後、東大法学部に進み、大蔵省へ入省する。

「サッチャー首相を見て、女性でも国のトップになれるんだなと思ったんです。それで、政治家よりも権力を持っていた大蔵省に入って、ど真ん中で権力行政をやろうと考えました」

「大蔵省にはカミソリみたいに頭が切れる人がたくさんいましたね。頭のよい人たちの集団だから、女性であろうと、実力があれば認めてくれた。大蔵省以外の役所だったら、逆に潰されていたかも知れません」

鳩山邦夫氏の兄で、元総理の由紀夫氏も東大工学部卒の秀才。出身校は都立の小石川高校だ。政治家では小沢一郎氏や社会党の故・上田哲氏などを輩出した名門高校だが、ここの卒業生にもすごい秀才がいる。なにしろテストで満点以外とった記憶がないという。元財務官僚で経済学者の高橋洋一氏('55年生まれ)だ。

有名な「模試荒らし」

本人によると、高校1年のときから受験生用の模試を受け、毎回ほとんどトップの成績。当時、トップになると図書券がもらえたため、受験料を払っても充分な小遣いになった。

高橋氏からすれば、「リターンが確実な投資」だったのだ。そんなことが続いて、いつしか「模試荒らし」呼ばわりされるようになり、やむなく偽名で模試を受けたこともあったという。

学校の授業では、とくに数学はできすぎて教師から煙たがられた。

「授業が簡単すぎてチャチャを入れるものだから、お灸を据えてやろうと思ったんでしょうね。先生が黒板に大学院レベルの問題を書いて、私に『これを解いてみろ』と言ったんです。

 

その問題を見てすぐに解答がわかったので立ち上がったんですが、黒板にたどり着くまでに、これにちょっと手を加えたらもっとおもしろい問題になることに気づいた。それで解答を書いたあとに、その思いついた改編問題を黒板に書いたら先生が解けなかった。

そんなことがあって、おまえはもう数学の授業には出なくていいと言われましてね。以後、出席を免除されたんです」(高橋氏)

東大理Ⅰに入学して数学科に進んだ後も高橋氏を驚かすような秀才は見当たらなかったが、大蔵省(当時)時代に、ひとりだけ「あ、これは」と思う人がいた。