平松邦夫×内田樹「漱石が『坊ちゃん』で書いた教師像に学ぶ」

「教育は誰のためにあるのか」とことん語ろう 第2回

 日本社会を長生きさせて、われわれがある程度幸福に生きていこうと思えば、システムの安全のためにも、さまざまな所で、さまざまな機能を果たしていく多様な個体を作り出す必要がある。それが教育のいちばん大事な目標だと思うんですよね。

教師もまた葛藤のうちに成長していく

平松: ただ、あの、大阪市長をやってますとね、現場に「好きなようにやれ」とは・・・(笑)。

一同: (笑)

内田: だから、「好きなようにやりなさい」と言いながら、一方でいろいろと枠をかけていく、というのでいいわけですよ。教師もまた葛藤のうちで成長するわけですから。教員同士でも考え方が違う。教員と市長でも考え方が違う。それが健全なんだと僕は思います。僕自身だって「教育は数値的に、外形的に評価できないんだ」と言っておきながら、入試部長としては「出願者の前年比はどうなってるの? 数字教えてよ」とか言ってますからね。

一同: (笑)

内田: 「去年と比べて何%どうなの?」とか言いながら青くなったり、赤くなったりしている。でも、それが当たり前なんですよ。「外形的なことは関係ないんだ」と開き直ってしまった瞬間に学校はつぶれちゃうから。なんとか学校は経営的に維持せねばならない。淘汰の波を生き延びていかなきゃいけない。そういう縛りが一方にあって、でも一方には、自分自身の教育の理想があって・・・という、その葛藤の中でこそ、教育の方法も理念も深まっていくわけですから。

 市長が「好きにやっていいよ」って言いながら、「でも私はこういうのがいいと思う」と縛りをかける。現場の教師たちは市長の言ってることが分からない、という状況ですね。こういう言い方をすると語弊があるんだけども、現場を混乱のうちに置くというのが、いつも人々がイノベーションを起こすいちばんいい手なんですよ。

平松: なるほどね。

内田: あちらを立てればこちらが立たずという窮地において、人間はとんでもないイノベーションを達成するんです。「カレーが食いたい」と「カツが食いたい」という対立する要請に応えるために「カツカレー」というソリューションが出来たように(笑)。