山下の足跡を追い、シンガポールへ。 英軍降伏交渉と『帝国の落日』

山下奉文 Vol.3

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 デンパサールからシンガポールのチャンギ空港に着いたのは、午後八時すぎだった。

 ゲートの外で、『諸君!』の深田政彦氏が待っていてくれた。

 広い道をタクシーはひたひたと走っていく。

 宿は、ラッフルズ・ホテル。先にチェックインしていた深田さんとバーで落ち合う約束をした。

 ボーイが案内してくれた部屋は、ジョゼフ・コンラッドが泊まっていた、という由緒ある部屋。重厚でクラシックな室内に参ってしまった。バスタブは猫足付である。東ティモールから離れてまだ、一日経っていないのに、地球の裏側に来たような、隔たりを感じた。

 簡単に荷ほどきをして、バーを探したのだが、どうしても解らなかった。ロング・バーで、シンガポール・スリングを呑みたかったのに。

 未練がましくホテル内を歩き回ったが、時間が遅いせいかスタッフも見掛けず、諦めて部屋に帰った。宿泊客以外、立ち入り禁止が徹底しているので、通りかかる客もいない。ひさびさにフカフカの布団で寝た。

 翌朝、深田さんと食堂で会った。

 私は、朝食はほとんど摂らないので、ホテルのロゴの入った磁器に果物を少しだけ取った。

 シリアルにミルクをかけ、深田さんがやってくる。バーは別棟にあるそうだ。

 噴水が高く弧を描く中庭では、大勢の庭番が生け垣の手入れに余念がない。

 大英帝国の植民地支配というものが、どんなものなのか、少しわかった気がした。

 バンに乗ってジョホール水道に向かう。

 シンガポールの街はきれいだ、と訊いていたけれど、整然とした建物、よく手入れされた芝生の連なりを観ていて、そのニュアンスを感じとった。

 きれいというより、清潔なのだ。徹底してデオドラントされている。

 いくつかの丘を越えて、ジョホール水道の岸に着いた。

 幅千二百メートルというけれど岸辺からのぞむと入江のように見える。遠く、ジョホールバルの高層ビルが見える。シンガポール側の岸辺では釣り人がルアーを遠くに投げた。

 この水道を、山下奉文率いる第二十五軍は一息に渡り、シンガポール市内へと侵攻したのだ。

放置された交渉現場に複雑な感覚がのぞく

 ブキテマ高地での激しい攻防戦をへて、昭和十七年二月十五日、山下奉文はイギリス軍の降伏を受けた。

 その前々日、山下の元に、イギリス軍の軍使としてシンガポール防衛軍参謀のニュービギン少将が、パーシバル中将の軍書を携えてやってきた。停戦交渉をしたいというのである。

 司令部は沸いた。

 マレー半島を縦断し、シンガポールに至り、激戦につぐ激戦のなか、山下軍は、食料、燃料、何よりも弾薬が尽きかけていたのだ。

 山下は、軍使に十二ヵ条からなる降伏条件をもたせて帰した。

 会談の場所は、イギリス軍が要求した市中ではなく、日本軍の陣地にほど近い、フォード・モーターの工場で行われる事になった。

 フォード社の工場は、今も、ほぼそのまま残っている。

 かなり前に廃工場になってしまっているようだけれど。

 工場は、現在、市の管理下にある。

 管理されている、といっても特段の配慮なり整備がされている訳ではない。

英軍降伏交渉 1942年2月15日、英軍が降伏したシンガポールの自動車工場は今も残されていた

 ここで日英両軍の会談が行われ、イギリスが降伏した、と記した紙が一枚、ガラス窓に貼りつけられているだけだ。

 山下が「イエスかノーか」と迫った部屋も埃だらけだ。もっとも山下は、パーシバルに対して怒鳴ったのではなくて、要領を得ない日本側通訳に対して云ったのだ、と後日主張しているけれど。「わたしは通訳の言葉に対して、イエスかノウか、結論だけ聞けばいい、という意味を、その時通訳にいったので、決して、パーシバル中将にいったのではなかったのです。ところが、わたしが直接パーシバル中将に、イエスかノウか返答を詰めよったように新聞、ラジオで宣伝されてしまった」(『運命の山下兵団』栗原賀久)。

 その工場を管理しつつ、整備をするわけでもないという姿勢に、シンガポール政府の複雑な感覚を感じとる事が出来るかもしれない。日本軍の支配下でシンガポールの市民はかなりの辛酸をなめた。とはいえ、支配者だったイギリスの敗北は、独立への一歩として刻まないわけにはいかない・・・。このあたりがこもごも、工場の扱いに表れているのではないか・・・。

 イギリスの歴史家、ジャン・モリスは、イギリス軍とその提督府はジョホール水道に山下軍が迫るまで、まったく危機感を抱いていなかった、と記している。ゴルフコースに軍事拠点を設けようとしたが、クラブの運営委員会の決をとるまで待ってくれと返答されたという。

「『包囲』という言葉の使用が禁じられた。アジア人のあいだで、英国の威信が弱められる、というのが理由だった。(中略)二月一五日日曜日の夕方、パーシヴァル中将は講和を求めた。シンガポール陥落という出来事によって、二世紀にわたる確信が粉砕され、これ以降、アジア人がそれまでと同じ目で英国人を見ることは二度となくなった。英国海軍は期待に応えられなかった。英国陸軍は格段に優れた敵に屈服した。白人が慌てふためき、屈辱の淵に沈むところが衆目にさらされた。伝説が悲哀のうちに崩壊したのである---否、もっと悪い。荘重な調べが平俗な調子に急転する急落法というべきか。指揮官たちは二流、歌は低俗、政策は無力で、勇気でさえ全員のものとはいえなかったからである」

(『帝国の落日』下、池央耿、椋田直子訳)

 まさしく、「英国史上最悪の敗北」(同前)に他ならなかった。

 ジャン・モリスは、第二次大戦に従軍した後、ヒラリー卿のエベレスト初登頂に同行、取材をした。旅行作家として知られる一方、性転換をして大きな話題を撒いた。『帝国の落日』は、『へブンズ・コマンド』、『パックス・ブリタニカ』につづく大英帝国三部作の最終巻である。

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