「神居古潭」は、開店して26年というジンギスカンの老舗。「焦がすと露骨に嫌な顔をする」店主がいるというので、店のホームページに書かれていた“焼き方"を予習して、私、ライター藤倉慎也が友人とともに訪れた。
JR中野駅北口の路地にある小さな店を、平日の開店直後に覗いてみる。店舗の1階が8席ほどのカウンターで、その向こうではパンチパーマ風の髪形をした店主がしきりに、もやしのヒゲを取っているところだった。
藤倉「なるほど、強面だ!」
カウンター席に座る。壁には手書きで、ホゲット(生後1年未満の肉)、ラムなど部位別のメニューが貼られている。ところが、飲み物を聞かれただけで、すぐさま炭火のコンロが目の前に置かれ、そのあと銀の皿にのった赤身の肉が当たり前のように出て来た。注文は聞かれてませんが?
藤倉「(おそるおそる)これは?」
店主「ホゲット!」
ぼそっと言うと、別の仕込みに取り掛かる。
藤倉「頼んでもいないのに、勝手に肉が出てくるというネットの書き込みはこれだったんだな」
と、心の中で納得する。
仕方ないので、出された肉を食べながら友人と話していると、
主人「口ばかり動かしてないで、野菜を焼く、とか・・・」
とダメ出しされてしまった。小声ではあるけど、自らに語るようにボソッと発する口調には、けっこう威圧感がある。
後から若い男性3人組が入店。メニューを見ながら、「マトンとラムってどう違うんだっけ?」と言い合っていると、ひと言。
主人「そんなことが分からないんだったら、安い肉から食べたほうがいいな」
これには、3人とも顔を見合わせて、困り顔だった。
出来た肉を食べようとしたが、ここで待ったがかかる。
主人「表面だけ焼いたら、鉄板の縁の野菜にのせて蒸らすんですよ。野菜の温度が約100℃。1~2分でミディアムレアに焼きあがるから!」
独自のこだわりに絶対的な自負があるようだ。
後日、主人の小川正美さんに話を聞いてみた。
―焼き方とか、いろいろ口出ししますよね?
最近は言わなくなったほうだね。人の話を聞かない人も多いもの(笑)。特に、北海道出身の人は聞く耳持たないね。「北海道では野菜の上に肉をのせて焼くんだ」って、野菜と肉をごちゃ混ぜにして焼いてる。それじゃぁ、肉に火は通らない。
―焦がすと嫌な顔をするとか。
せっかく、普通なら手に入らないようないい肉を出しているのに、焦がされたんじゃね。食べるのはお客なんだから、構わないけどね。
―美味しい羊肉はなかなかおめにかかれませんよね。
特に、春先に出す生後45日以内の「ミルクラム」なんて、日本で数頭しか出回らないよ。そういうのを知ってるお客さんなんて、羊に対してお経をあげてから、有難く食べてるくらいなんだから。
―肉を2人前以上頼まないと、ほかのものが頼めない?
まずはしっかり肉を味わってもらいたいの。時には、肉を食べながらご飯を食べたいなんていう客もいるけど、『そんなに米が食べたいんなら、スーパーで冷凍ご飯でも買って来な。レンジでチンくらいはしてやるから』っていうんですよ(笑)。
秋田出身。穏やかな話っぷりのなかに、創業26年の自信をしっかりと覗かせていました。