ついに結論!父・忠盛はいかにして巨万の富を得たのか?解決編+2つの追録「金閣寺の秘密」「もう一つの“関ヶ原の戦い”」

 さて、前回は、清盛の父・忠盛が行ったのは「密貿易」であった、という話でした。しかし、独占貿易を行うこともできず、規模も小さかったため、貿易で巨利を得ることなどできないのでは……という謎を残したままでした。

 今回が、その解決編です。
父・忠盛は、一体どのようにして巨万の富を築いたのでしょうか?

 その答えは、――――ずばり、「希少性」の活用です。

いつの時代も「希少性」が歴史を動かす

 「○個限定販売!」「○○地域限定商品」といった広告に、惹かれたことはないでしょうか? このような、数が限られたモノを欲しがる消費者心理のことを「希少性の法則」と呼びます。

 「希少性」の高いモノを売ることは、当然ながら金儲けにはなります。
ただし、本当に数が少ないと、販売する個数もわずかですから、儲けにも限度が生じます。

 では、もし「それでもたくさん儲けたい!」と思ったら……どのような行動をとることが最良の選択となるでしょうか?

 このような場合、賢い人は「希少性」の高いモノを売ることなどしません。

 売らずに、「贈与」するのです。

 自分より地位が高い人に対しては「献上」「賄賂」、対等に近い人には「買収」、低い人には「褒美」「下賜」…と、様々な形で行われる贈与。これにより、「希少性のメリット」が大いに発揮されるのです。

 「希少性のメリット」―――たとえば上位者に献上する場合、金銭そのものを贈与すると他のライバルと金額で比較されてしまいますが、「希少性」の高いモノだと単純に比較できないので、その心配もありません。

 また、希少価値があるモノを差し出すことはすなわち、比類なき忠誠の証、もしくは信頼の証になります。

 戦国時代だと、茶道具がこれに当たります。

 一つとして同じものがなく、それぞれに由来のある茶道具は、「売ったら○○○円になる」といった『なんでも鑑定団』的な価値ではなく、それを持つ者の名誉として、ステータスとして、そして収集欲を満たすモノとしての高い価値が認められていたのです。

 そのため、当時は褒美の品として絶大な力を発揮していました。(*1

*1)たとえば、武田攻めで功績があった滝川一益は、その恩賞として主君・織田信長に名物「珠光(しゅこう)小茄子(こなす)」を所望します。しかし、それは認められず、上野国などの領地や関東官領という高い役職を与えられますが、やはり茶道具のほうが欲しくて悔しがった、とか。これも茶道具の「希少性」がなせる業です。
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