なぜ僕たちはプロ野球で通用しなかったのか…

才能か、努力か、それとも・・・・・・
週刊現代 プロフィール

「実は僕、あまりしゃべりが得意ではないんです。でも、マスコミの人がやってくると、『こんな事を言ってほしいんだな』というのがなんとなくわかってしまう。そのせいで、いつの間にか『ビッグマウス』と言われるようになってしまった」

 実社会では「空気が読める」と重宝される性格なのかもしれないが、プロ野球の世界では、「鈍感力」とも呼べるメンタルの強さが求められる。中沢が言う。

「投手はマウンドに立てば、自陣のベンチをはじめ、敵方の監督や選手、さらにはファンと、球場にいる人間すべての視線を感じるわけです。精神力の強さは必須なんです。

 たとえば、同じオリックスで活躍した星野伸之は130kmのストレートと遅いカーブだけで一流投手になっている。球威がなくても冷静に状況を把握し、自分の投球が出来てこそ本当のプロなんですよ」

「自分の投球」とは何か。チームでの「自分の仕事」は何なのか---一流ぞろいのプロ野球界で生き抜くためには、自分の生きられる道を、臨機応変に見極めていく能力も必要になる。

 '98年のドラフト3位で、広島カープ入りした矢野修平(31歳・現福岡ソフトバンクホークス・トレーナー)は、入団時に受けたショックを忘れられないという。

「僕は進学校(宮崎・高鍋高校)出身だったので、カープの練習量に度肝を抜かれた。なんとか負けないように頑張ったんですが、環境になかなか適応できず、プロの雰囲気に慣れるだけで2~3年はかかってしまった」

 その後、肩の故障もあり、投手としては何の実績も残せぬまま'04年に引退する。だが矢野は、何度もチャンスを逸していた自分に、今更気づかされるという。

「与えられた機会に、ことごとく結果を残せなかった。練習は人一倍やったつもりですが、プロはそれだけではダメなんです。結果を出すべきところで実力を発揮する力が必要だった」

 プロの練習に、矢野とは逆の反応を示した男もいた。'08年に北陸大谷高から日本ハムファイターズ入り('07年高校ドラフト6巡目)した豊島明好(21歳・現横浜ベイスターズ打撃投手)だ。

「逐一監督の指導に従わなくてはならない高校時代と違い、みんな自分でメニューを組んで練習している。

 そのなかで、僕はプロ1年目に開幕一軍のメンバーに選ばれたんです」

 その結果、「プロとしての自主性の意味を取り違えてしまった」と豊島は言う。

 その年のオフ、このままいけば一軍は確実だと考えた豊島は、自主トレを大した目的意識もないまま、調整程度にこなしてしまう。それが、たまたま見に来たコーチに「豊島はいい加減に自主トレをする奴」という悪印象を与えてしまった。

「その自主トレがレッテルになってしまったんです。2年後に解雇宣告を受けたときも、フロントから、『自主トレを真面目にやってほしかった』と言われたくらいでした」