講談社エッセイ賞を受賞した作品『大向うの人々』は、学生時代に出会った歌舞伎を通じて得た友人たちの話で溢れている。その人たちとの縁が、山川さんの人生に彩りを与えている。
「僕の人生は、歌舞伎を観たことで劇的に変わったんです」
という山川静夫さん。NHKの看板アナウンサーとしてお茶の間に親しまれ、退職後は学生時代から愛してやまない歌舞伎を中心に、芸能愛好家、エッセイストとして活躍している。
「歌舞伎のおかげでNHKに就職できたと思っていますし、NHKにいたおかげで歌舞伎とさらに深く関わることもできた。仕事と趣味がそれぞれ影響し合いながら今日に至っています」
大学1年の時に初めて見た歌舞伎の魅力に取り憑かれ、歌舞伎座の安い三階席や一幕見席に通い続けた。台詞を暗唱し、常連のご隠居さんたちに混じって大向う(舞台の雰囲気を盛り上げるためにかける声)をやり、役者の声色をまねる日々。
すると、その実力が認められ、大学4年の時には先代の中村勘三郎本人から依頼され、舞台で勘三郎の吹き替え役を務めるなど、歌舞伎との関わり方は半端じゃない。勘三郎の声色は自身のレパートリーの中でも定評があり、ラジオ局主催の素人物真似コンクールで「今週のナンバーワン」に輝いたほどの腕前だった。
「舞台装置の中に隠れて声を出す吹き替えの役とはいえ、静岡から上京して4年目の詰め襟の学生が2ヵ月間、歌舞伎の舞台に立ったんですから、有頂天になるのは当然です。しかし僕は根が意外と真面目なので(笑)芝居の道には進まずに、もうちょっと身を固めようとNHKを受けることにしたんです。
喋りは子供の頃から得意でしたし、歌舞伎と邦楽については学生時代にかなり詳しくなっていたので、そのあたりを見込まれたのか、運良く合格することができました。すると、入局後はアナウンサーの仕事と歌舞伎が結びつき、劇場中継の担当になった。まったく無駄がない(笑)。