がんになって考えたこと、思うこと

 また、薬の副作用などで苦しみながらも努めて明るく振る舞っている人を「思ったより元気そうですね」と褒めると、自分の苦しみが理解してもらえていないと感じてむしろ孤独感を味わわせてしまうこともあるそうだ。

「病気になると、人は感受性が高くなるので、健康なころならなんとも思わなかった言葉によって傷ついてしまうケースも多い。『なんて冷たいことを言うんだ』と、患者との間に確執が生じる。それが、多くの時間を共に過ごしてきた家族だとなおさら溝は深くなってしまうのです」(樋野医師)

 だからこそそんなとき、患者の気持ちを理解してあげることができれば、家族の存在はとても強い心の支えになる。関口氏も、妻である女優の竹下景子さんに力をもらったと話す。

「がんになったとき、いちばん最初に相談したのはウチのカミさんです。仕事をやっているせいか、強い。

 僕が『手術しない』と言ったら、『それはお父さんの命だし、そういう性格だから、納得するまでいろいろ試したらいい。自分で選んでください。私もいくつか紹介することはできます。お父さんがいいと思うまで待ちます』と答えてくれた。子どもにも、彼女が僕の病状を説明し、『お父さんは大丈夫だから』と話して安心させてくれました」

 前出の市田氏も語る。

「感情を表に出さないクールな妻が、入院中一日も欠かさず病院に来てくれました。新たな優しさに気づき、嬉しかったですね」

 二人の子どもも、正月返上で病院に駆けつけた。

「当時27歳だった娘は、かわいいメッセージをくれました。『こんなにゆっくりできる機会はめったにないさ。人間健康第一。ボチボチいきまひょ。人生まだまだこれからやん』。このメッセージは闘病中ずっと病室に飾り、今も大切にしています。息子はシャイで、そういう言葉はかけられなかったけど、黙って風呂場で私の足を洗ってくれました」

 漫画家のやなせたかし氏(91歳)は、腎盂がんで左の腎臓を摘出した後、再発を繰り返して、2年間で10回もの手術を受けている。がんとわかったときは「なんとも感じなかった」と言うが、20年以上前に乳がんで亡くした妻のことが悔やまれて仕方がないと話す。

「カミさんはがんとわかった時点で全身に転移しており、『ステージⅣで余命1ヵ月』と宣告されました。僕は自分のがんは平気だけれど、カミさんのがんは受け入れられなかった。真っ青になって、自分の元気もなくなってしまいました。なにしろ僕は、カミさんに頼りっきりだったからね。今でも、なぜあのときもっと早く病院に連れていかなかったのかという後悔の念が離れません」

 それでもやなせ氏は、妻の病を知ってから乳がんについて勉強し、支え続けた。当初「余命1ヵ月」と宣告された妻は、その後5年をがんと共に生きたという。

 患者と向き合う際には、「共感」と「忍耐」が必要だという。前出の樋野医師は、人間の感情は「掛け算の法則」と似ていると説明する。