がんになって考えたこと、思うこと

「前立腺を全摘した場合、男性機能はどうなるのかということが気になりました。医者は、勃起機能は手術次第で温存できる可能性があるけれど、精液は出なくなると言いました。では、射精がなくなったらイクこともないのかと調べていくうちに、射精なしでもオーガズムには達することができると知りました」

 若いころから「恋多き男」だったという高垣氏らしい理由だが、より大きな理由はほかにあった。

「変わった人だと思われるかもしれませんが、せっかく僕の体の中にできたがんなのだから、もう少し向き合ってみたいと思いました。それに、自分の意志とは関係なく、ベルトコンベアに乗せられてそのまま手術というのも抵抗があった。それで、がんと共存することにしたのです」

 こんな発想をした背景には、専門とする臨床心理の経験がある。カウンセラーとして心の病を抱えた患者と向き合うとき、高垣氏は「その症状が何を訴え、何を意味しているのか」を、患者と一緒に探求していく。表に出た症状の裏には、隠されている「訴え」や「意味」が潜んでいるからだ。

「それと同じように、自分の体にできたがんは何を訴え、何を意味しているのかを、せっかくの機会だから考えたかった。幸い早期の前立腺がんだったので、がんや死と向き合い、死の準備をすることも十分にできます。生き方を軌道修正することもできる。僕の仕事にとっても貴重な経験になるだろうと思い、がんを抱えて生きることにしたのです」

「ちょっと待ってよ」

 不安がなかったわけではない。

「夜、息苦しくなってパッと目覚めたり、動悸が激しくなってパニックになったりした。一生この状態と付き合っていかないといけないのかと思うと、と叫びたくなることもありました」

 それでも高垣氏は「共存」を選び、インドに旅をするなど、がんと向き合いながら生きるという日々を1年半ほど続けた。

 そして手術---。

「そのときは、医師に自分から『手術します』と言いました。気持ちの整理がつき、もうがんとお別れしてもいいと踏ん切りがついたのです。でも、手術が終わったときは涙が出ました」

写真家/関口照生氏

 高垣氏のように、すべて医師まかせというのではなく、自分の生き方と照らし合わせて、がんとの向き合い方を考えたという人は多い。写真家の関口照生氏(72歳)もその一人だ。

 9年前に胃がんが発見された関口氏も、自分の腹が決まるまではがんと共存するという道を選んだ。

「医師には『初期の胃がんだけれど、進行性で転移もあるから、なるべく早く手術をしましょう』と言われました。自分の意志とは関係なく『次の窓口に行って、外科の手続きをして、診療を受けて決めてください』と進んでいきそうになった。でもそこで『ちょっと待てよ』と。