営業そっちのけで店の中で、将棋ばっかりして、客からもあきれられてる店主がいるという噂を聞いて、ライター肥田木奈々と編集Yさんが向かったのは「居酒屋焼鳥石狩」。店のある路地入り口には、「コアラうまい」と書かれた案内看板が見える。よく見ると焼き鳥を持ったコアラの絵。ははーん、「こりゃあ(コアラ)うまい」ってオヤジギャグ?
店前に着くと将棋盤が置いてあり、「次の一手? 正解者には酎ハイ1杯進呈」と、詰将棋の問題があった。
Y「よし、チューハイいただき」
10分ほど粘ったが、Yさん、頭を抱え込んでしまう。すると、粋なハットにTシャツ短パン姿の怪しげなおじさんが登場し、手ほどきを始めた。この人がご主人?
疑問に思いつつもカウンターだけの狭い店に入り、女将さんとのやりとりでようやくこのおじさんが店主と判明した。チューハイメニューを見ると、「あらいチュー」「恋愛チュー」「失恋チュー」など。
肥「あらいチューの味は?」
店主「ん? 適当。荒井注だけに、何だバカヤロウ(荒井注の代表的ギャグ)、なんつって」
・・・普通のビールにする。
店主は詰将棋の問題をYさんに渡すと、「正解したら1杯無料だ」とまたも挑戦状。Yさん、懲りずに受けて立ち、見事に打ち砕かれていた。そんな光景を何回か繰り返し、対戦に発展。もう居酒屋か将棋道場か分からなくなった。
一体、これでやっていけるんだろうか(と勝手に心配する)。
優しそうな女将さんが作ってくれた「代田そば」(580円)は、冷たいそばに炒めたキャベツとベーコンなどがのっていて、クセになる旨さ。食べていたら、今度は店主が手品道具をどこからとなく持ってきて、サイコロを使った手品ショーの始まり始まり。もはや笑うしかない。
後日、取材を申し込む。店主は杉松幹夫さん(55歳)。店は創業27年。将棋は30歳を過ぎて始めて、いまやアマチュア2段。
---まるで将棋道場みたいですね。
お客さんに将棋を楽しんでもらいたいんです。将棋は2人でも1人でも遊べて、お金も電池もいらないから節電にもいいですしね。うちは定食メニューもあるから、近所の子供も定食代を握って将棋を習いに来る。店で将棋倶楽部を作っていて、小学1年から60代まで約50人が登録しています。
---お客さん同士も対戦するんですか?
3、4時間やっている人もいますよ。私と対戦して惨敗すると、悔しそうに石を蹴飛ばしながら帰っていく人もいたりしてね。勝つと喜んでまたすぐ翌日に来たり、将棋好きは正直ですね。
---手品も得意だとか。
手品は言葉がいらないでしょ。外国人客も多いから打ち解けやすいんです。ゲームや手相などいろいろな遊びを用意していますが、ほとんど独学。ゲームで常連のお客さん同士が仲良くなり、結婚した人もいますよ。でも、先日は1人で来たお客さんをゲーム遊びに誘ったら「1人で飲みたいんです」と怒られちゃった(笑)。
---ところで「あらいチュー」というチューハイは何味なんですか?
日によって珈琲味にしたり、野菜ジュースを使ったりと変えています。ユーモアですよ。「失業チュー」という味も作ろうかと思ったけど、笑えないので止めました。
杉松さんと対戦すると、その結果によって独自に段を付けてくれます。ちなみにYさんは5級程度だとか。腕に覚えのある方はぜひ、挑戦してください。