「貿易で巨万の富を得た~」を素直に信じるのは子供だけ。教科書にはない日宋貿易の真相から、この国のカタチを知る。

 「貿易で巨万の富を得た」という言葉があります。

 小・中学校の教科書を思い出してみてください。たとえば平家一門の説明として、『平家は日宋貿易により巨万の富を得ました』---といったフレーズが使われていたかと思います。

 平家に限らず、足利義満や薩摩藩、ポルトガルそしてオランダなども同様のフレーズだったのではないでしょうか。

 そして、歴史の授業では先生から、「貿易をしました」→「だから、儲かりました」という簡単な説明を受けたはずです。

 しかし、大人の目で見てみると、(特に実際にビジネスで貿易をしている人にとっては)このフレーズ、ちょっと違和感を感じませんか?

 なぜなら、貿易をしたからといって、そんなに簡単に儲かるわけではないからです。

 「儲かった」→「その訳は、貿易をしたからだ」
という論理は成立しますが、

 「貿易をした」→「必ず儲かる」
とは絶対になりません。

 では、平家は一体、どのようにして貿易で成功したのでしょうか?

貿易の4大リスク

 貿易をしたからといって儲かるわけではない---その最大の理由はリスクの多さです。

 大きいものとして次の4つが挙げられます。

 まずは「1.カントリーリスク」

『経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書』
著者:山田 真哉
⇒本を購入する(AMAZON)

 戦争・革命・内乱など貿易相手国自体に発生するリスクです。

 貿易相手国が政情不安だと、輸出したとしても取引先に渡らない可能性があり、輸入しようとしても止められる可能性があります。

 日宋貿易の相手国である「南宋」は、当時の中国の王朝で、漢民族国家でした。

 もともと中国全土を支配していた「宋(北宋)」が、北方の異民族国家「金」に押し出される形で南に逃げて建国したため、南宋と呼ばれるのです。

 平清盛の父・忠盛が九州で日宋貿易に関わり始めるのが1133年ですが、南宋ではその後の1142年に金との間で「紹興の和議」が成立し戦いが収束、政局も安定します。

 また、1161年には再び侵攻してきた金に対し「采石機の戦い」で勝利し、翌年には後に名君と呼ばれる「孝宗」が皇帝に即位、南宋の全盛期が訪れます。

 つまり、貿易相手国のカントリーリスクは、当時としては小さいほうでした。(*1)

 次に「2.信用リスク」

 取引先の信用度にかかるリスクです。

 貿易の場合、相手先は遠くにいて頻繁に顔を合わすことができません。そんな相手先の資金力や誠実性を把握しきれない点がリスクとなります。

 この点について、日本と宋の間ではどうだったか?

(*1)むしろ、当時でいえば1156年に保元の乱、1159年には平治の乱と内乱の絶えなかった日本のほうが、カントリーリスクが高かったのかもしれません。

 これは解説を後に回したいと思います。

 そして、「3.為替リスク」。為替相場変動によるリスクです・・・が、当時の貿易は国際的に通用する金で決済をしていました。

 日本と宋とでは、金の価値は異なるかもしれませんが、おなじ材質を媒介に使っているので、いまの為替相場のような極端な価値の差は出てきません。

 ですので、昔の貿易の場合、為替リスクは考えなくてよいです。
(なお、現代の紙幣も材質としては同じ紙ですが、それを通貨として保証してくれる政府
の財政力が各国で異なるため、為替相場のような大きな価値の差が出てきます。)

 最後は、最も大きなリスクである「4.シー・ペリル(海固有の危険)」

 これは、船の沈没・衝突・火災・海賊などのリスクです。

 平清盛の時代には航海術も発達し、11世紀には羅針盤(方位磁針)も発明されているのですが、東シナ海という外洋を渡る際は、転覆や遭難なども頻繁に起きていました。

 例えば、1976年には韓国の全羅南道新安の沖で難破船が発見されていますが、これは中国・寧波から博多に向かう途中に沈没したものとみられています。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら