尖閣ビデオ問題「力の省庁」職員による「世直しゲーム」を英雄視する危険

歴史の苦い教訓を忘れるな
佐藤 優 プロフィール

 恐らく北君は青年将校蹶起の覚悟既に決し、大勢最早如何ともすべからざる時に至つて初めて此の計画を知り、心ひそかに「しまつた!」と叫んだことであらう。支那革命外史を読む者は、北君が革命の混乱時代に必ず来るべき外国勢力の如何に恐るべきものなるかを力説したるを看過せぬ筈である。>

(「北一輝君を偲ふ」『近代日本思想大系21 大川周明集』筑摩書房、1975年、366~367頁)大川周明の言説を真摯に受け止める必要がある。

 保安官のような「力の省庁」の官僚による下剋上の動きを入り口で封じ込めておくことが国益に適うと筆者は確信する。保安官が「英雄」になってしまうと、この機運が官僚組織全体の下剋上を誘発するきっかけになる。

 「力の省庁」の官僚が、「世直し」ゲームを始めても、その結果、「機会主義、便宜主義の秀才型官僚に占められ、官僚組織の堕落を促進することになる」と筆者は考える。この点で自民党の谷垣禎一総裁は健全な秩序感覚をもっている。

<「二・二六も命令無視」映像流出保安官を自民・谷垣氏が批判自民党の谷垣禎一総裁は14日午後、さいたま市で講演し、中国漁船衝突の映像流出事件で神戸海上保安部の海上保安官(43)が関与を認めたことについて、青年将校らがクーデターを企てた二・二六事件を引き合いに出し「映像流出を擁護する人もいるが、国家の規律を守れないのは間違っている」と批判した。

 同時に「二・二六事件でも『将校の若い純粋な気持ちを大事にしないと』という声があり、最後はコントロールできなくなった」と指摘した。

 一方で「政治の責任で解決する姿勢がなかったことが一番の問題だ」と菅内閣の対応を非難。「政権担当能力を失っており、一日も早く退陣させないといけない」と強調した。>(11月14日MSN産経ニュース)

 本件を与党、野党を問わず国民によって選挙された国会議員に対する官僚の下剋上で、これに対して毅然たる反応をとらないと民主主義が国家の内側から腐蝕される危険がある。谷垣総裁の「映像流出を擁護する人もいるが、国家の規律を守れないのは間違っている」という見解は正論だ。

リークに甘いマスメディア

 マスメディアは、国家の秘密情報を公開した者を徹底的に批判することができない。合法、非合法を問わず、このようなリーク情報なくしてマスメディアが生きていくことはできないからだ。それだから、マスメディア関係者には保安官を擁護しようとする集合的無意識が働く。

 これが国民の判断を誤らせる。筆者は、菅直人政権が、尖閣諸島沖中国漁船衝突事件に関する映像をもっと早い時期に国民に対して公表すべきであったと考える。

 中国に対する菅政権の弱腰外交に対して、筆者は論壇人の中でもっとも厳しく批判している一人だ。

 しかし、それ故に「力の省庁」に所属する官僚による下剋上を看過してよいという暴論には与しない。筆者自身、外務官僚時代には、機微に触れる情報を扱うことが多かった。それ故に、秘密情報を用いた官僚の下剋上が、国家を崩壊させ、国民に不幸をもたらすことについて強い危機意識をもっている。

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