菅首相は永井陽之助「力の均衡」を勉強し直したらどうか

特殊な世界観をもつ中国を組み入れていくには、
日本の覚悟と戦略が必要

 円高阻止の為替介入について「断固たる措置」を繰り返し述べていた野田財務大臣の名前は、NO Decisive Actionの略称と言われていた。今回のG20でこの不名誉な略称は、更に強化されることとなった。

 G7では、到底立ち行かなくなり、G20を集めて久しいが、今回も主役は中国である。ドル安批判をかわすべく、アメリカは突如、韓国を巻き込んで経営収支の黒字または赤字をGDPの4%以内に抑える提案を行った。しかし、数値目標は見送り。アメリカの最大の狙いは人民元の切り上げであり、中国への「新冷戦」包囲網は狭まりつつある。

日本が望みうる唯一の国際秩序とは

 FACTA11月号(vol.55)巻頭論文によれば、中国は6月のトロントG20サミットを乗り切るや、人民元売りドル買い介入を8月に行い、元安誘導に走った。9月の温家宝首相国連演説では、米国の要求通り大幅人民元切り上げをすれば、企業倒産や失業など社会不安を引き起こす、と中国と経済関係を結んでいる相手に一見恫喝ともとれる言い方をした。11月の中間選挙を控えた米下院は、元安に相殺関税を課す対中制裁法案を可決。

 10月8日、G7会議の当日、ノーベル平和賞に獄中の政治犯・劉暁波氏が選ばれた。人民元と人権の冷たい爆弾を中国は抱えることになった。官製反日デモでガス抜きを図っても、中国内部のエントロピーは亢進し続ける。温首相演説は裏返せば、中国の抱える内部矛盾をあまりにも率直に認めたものと言える。

 私は、10月26日、人口12億を数えるインドのシン首相と会談した。対中融和路線とも言われるシン首相は、中印国境紛争については慎重な言い回しに終始した。しかし、私が、中国の一人っ子政策が生産年齢人口比率を今年をピークに押し下げていく、いわゆる「人口ボーナス」を使い果たした国になっていくことを指摘した途端、シン首相は身を乗り出してインドの優位性を語り始めた。

 FACTA巻頭論文が語るように、通貨とヒトの価値を安売りして外貨を稼ぐ中国経済は、人民元と賃金の切り上げという内外の2重圧力にさらされている。技術移転を高めようと外国企業に圧力をかける政策も、対中警戒心を呼び起こしている。そこへインドなどの後発新興国の勃興で、更なる競争圧力が加わっているのだ。

 菅首相が東工大学生の頃、政治学を教わったという永井陽之助教授は、その頃、何と言っていたか。

 文明の中心地域という世界観(中華思想)をもつ中国は、覇権主義大国を目指す。一方、日本が望みうる恐らく唯一の国際秩序は、「力の均衡」体系である。

 中国を含めた多角的な「力の均衡」体系をアジアにおいて形成するという政治課題は、日本に与えられた大きな使命である、と説いている(「エコノミスト」1968年1月2日号、「多極世界の構造」中央公論社所収)。

「力の均衡」と「覇権主義」は相反する概念である。覇権主義の支配する世界では力の均衡は成り立たないし、その逆も真である。

 覇権主義国家のギャンブルがペイしない程度の力の拘束と、抑制ある小国の自律性を保証する自由とが巧みにミックスされ、ダイナミックに働く国家間のシステムが「力の均衡」である。これは所与の秩序ではなく、将来に渡り、われわれが努力によって達成すべき課題なのである。

 中国は歴史的に、他の諸外国を「辺境地域」(夷狄)と見る。他国との対等な共存関係を承認し、自己の限定された国家目標と利益を位置づける国際秩序の観念は、中国には存在しない。このような特殊な世界観をもつ中国を、多角的な「力の均衡」体系に組み入れていくには、日本の覚悟と戦略が必要となる。菅氏は本当に永井政治学を勉強したのかどうか知らないが、もう一度読み直したらいい。

 翻って、菅民主党政権は、覚悟と戦略を持ち合わせているか。ついこの間、「脱小沢」代表選で勝利した菅氏に対する国民の期待は、もう既に相当、剥落している。北海道5区の衆院補欠選挙で町村信孝氏が当選したが、これは国民が古い自民党に回帰したためではない。菅内閣に対する不信任を示したものだ。仙谷時代の閑職総理と言われている菅氏に、国民はまたしても指導力のなさ、決断できない首相への歯がゆさを感じ始めた。

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