「末期がん」からの生還 後編

8人の体験記
患者・家族・医師「奇跡の物語」

 だが、宇都宮さんをさらに危機が見舞う。術後に縫合不全が生じて肺に膿が溜まった上、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に感染したのだ。中城医師が続ける。

「MRSAは、抵抗力がない人が感染すると、とても危険。見舞いに行くと、宇都宮さんは死が近いと思える顔でした。本人も、声にならない声で『私はいつ死ぬんでしょうか』と言う。家族には、また『覚悟してください』という説明があったようで、私の目から見ても、危険な状態でした」

 それでも宇都宮さんは危機を乗り切って、2ヵ月後に退院することができた。だが、大病が続いたことで、死を強く意識するようになり、冒頭のような精神状態に陥ったのだ。宇都宮さんが告白する。

「倒れるまで、毎日50本入りの缶ピースを1缶吸い、酒も大量に飲んでいました。母親は47歳で白血病で亡くなっているし、祖父も胃がん。自分もがんで早く死ぬと思い込んでいたのです」

 生きる意欲を失い、うつ病にもなっていた。そんな宇都宮さんを立ち直らせたのは、若いときから趣味にしていた釣りだった。中城医師が、渋る宇都宮さんを説得して連れ出したのだ。

「その日、なんと、体長70cmのヒラメと体長1mのブリがかかったのです。釣り上げたとき、すべてが吹き飛んだ感じでした。くよくよしていても、いいことはない。前を向いて生きようと思ったのです。写経はすでに300枚を超えていましたが、それも止めました」(宇都宮さん)

 今でも半年に1回受けている検査の前日は眠れない。「それは、がんにかかった人にしかわからない。やっぱり怖いのです」というが、普段は、週1回、船で瀬戸内海に乗り出して釣りを楽しみ、孫に囲まれて第二の人生を楽しんでいる。宇都宮さんの日焼けした顔からは、何度も生死をさまよったことなど想像もできない。