「末期がん」からの生還 後編

8人の体験記
患者・家族・医師「奇跡の物語」

 小西さんは、闘病生活をこう振り返る。

「人間生きていれば何とかなる。実は、手術した年は離婚などで揉めている時期で、マスコミにもいろいろ騒がれました。でも、それも生きているからこそで、死んだら何もない。生きているだけで十分なのです。そのことに感謝しようと。そして、がんになった体験を語ることで、次の患者さんを救えるかもしれない。それも、僕にとって幸せです」

「私の人生は終わった。写経をして余命を過ごそうと思いました。遺影も用意したんです」

 こう話すのは、愛媛県に住む宇都宮亨さん(67歳)。最初に病に襲われたのは62歳のときだ。自宅で背中に激痛を感じ、意識を失った。心筋梗塞だった。

「心臓がほとんど機能していない状態で、カテーテルで詰まった血管を拡張し、ステントを挿入する緊急手術をしました。自分は眠っているだけでしたが、家族は葬式の準備をしていたそうです。何とか一命をとりとめましたが、医者から、『もう一度心筋梗塞を起こしたら命はない』と言われました」

 通院治療を続けたが、翌年、血液検査で前立腺がんが発見され、ホルモン治療を始める。そんなある日、また胸が締めつけられるような感覚を覚え、病院に駆けつけた。幸い心筋梗塞ではなかったが、念のために受けた胃カメラ検査で、がんが発見されたのだ。

「胃カメラの検査をしながら自分でも映像を見ていると、食道にブツブツしたものがあった。そこで先生に『がんではないですか』と聞きました。でも、その先生は何度聞いても『再検査をしないとわかりません』の一点張り。不安を感じて、他の病院で検査を受ける決意をしました」

 宇都宮さんが頼ったのは、砥部病院(愛媛県伊予郡)の院長を務める中城敏医師。宇都宮さんが愛媛大学医学部の教務係長だったとき、同学部の学生だった中城医師とはよく酒を飲む仲で、卒業後も連絡を取り合っていた。中城医師は話を聞いて食道がんを疑い、すぐに国立四国がんセンターに紹介状を書いた。

 検査の結果、予想通り食道に3.5cmのがんが見つかった。中城医師が言う。

「前立腺がんの治療を始めた矢先に食道がんが見つかり、泣きっ面に蜂の状態でした。前立腺がんは初期だったのですが、がんセンターからの報告を見て、食道がんはかなり危険な状況だと思いました」

 食道がんは転移が早い。がんセンターの医師は、家族に、「心筋梗塞のリスクがあるので、最悪の場合、生きて手術室を出られないかもしれない」と伝えた。

 食道の3分の2ほどを摘出し、胃を持ち上げて食道にした。心臓は手術に耐え、前立腺がんも放射線治療が功を奏した。