「末期がん」からの生還 後編

8人の体験記
患者・家族・医師「奇跡の物語」

 放射線の治療の影響で動かなくなっていた左足も、徐々に回復した。重度の糖尿病があるとちょっとした傷でも治りにくい。骨を切り取った部分が化膿し、手術の傷が完全にふさがるまで2年かかったという。

 これだけでも相当なものだが、その後も増田さんは何度も危険な状況に陥っている。'04年には、放射線療法と糖尿病で骨がもろくなったことが原因で左大腿を骨折し手術入院。さらに、癒着性の腸閉塞が4回ほど起き、保存的な治療で回復。

 昨年は、39度の高熱が出て意識を失い搬送されたところ、腎臓に膿が溜まる「腎膿瘍」と判明。両足に「ガス壊疽」の疑いも出た。いずれも放っておけば死に至る病気だが、その都度、薬で何とか治まっている。

「10年でこれだけの病気をして、ここまで明るく元気で来られる方は稀です。ご本人の生きる意志はかなり強かったと思います。なぜか、不死身なんだよ」

 森医師は不思議そうに語る。増田さんがこれだけ良好な経過をたどれた理由には、森医師を信頼してついていった強い気持ちによるところも大きいだろう。

「おう、まだ生きてたか」

「おかげさまで生きてます(笑)」

 外来で交わされる挨拶からも、医師と患者の強い信頼関係が伝わってくる。

「日々の暮らしで唯一変わったのは、人に感謝する心ができたことかなぁ」と増田さんは振り返る。助けてもらった命。先生にも感謝。「これまで3回は覚悟をしたから」という家族にも感謝。心配してくれた人たちにも感謝・・・。

「今の経過でいうと、一応、治ったと言えるでしょう」

 森医師は太鼓判を押した。

小西さんは術後、がん闘病の講演も数多く行っている

 痛み止めを打ってもまったく効かない。「うわーーーーっ!」と泣きわめき、白目を剥いて意識を失う。

 その繰り返しが48時間続いた。その後、幻覚が現れる。

 鉄の鎖でベッドに縛りつけられ、「今まで生きてきて、どんな悪いことをしてきたんや!」と怒り狂っている自分、それに反論する自分、それをなだめている自分、そんな3人の自分がハッキリと見えた---。

「あのときほど苦しかったことはないですね」

『欽ちゃんの週刊欽曜日』や『ザ・ベストテン』の司会などでおなじみの俳優の小西博之さん(51歳)は、6年前、末期の腎臓がんの手術を経験している。体調の異変に気づいたのは'04年の秋。43歳のときだった。