Facebookを創業した3人の友人が描いたストーリー

 Facebookが最近至るところで話題になっています。一体Facebookは日本で国内SNSのMixiを超えて、メインストリームサービスになれるかの否か? そんな議論が盛り上がるのを見ていて、自分はあえて異なる切り口から同サービスについて解説したいと思いました。既に6億人のユーザー数を誇る「結果としてのFacebook」ではなく、それが生まれた当初の状態に遡ってみます。

 そもそも何故、ここまでFacebookは成長出来たのか? 一体誰が、何故Facebookを創ったのか? 既に米国では上映され、想像を絶する好評価を得ているFacebookのストーリーを伝えた「The Social Networks」。この映画を参考にしつつ、本日はサービスの背景にある創業者のストーリーを描きたいと思います。

 Googleを創業したLarry PageとSergei Brinが二人の間で「20年間共に勝負をする」ことを誓ったことは有名な話ですが、Facebookを創業した当初のメンバーは何故離れ、そしてその後どういった道を歩んだのか? CEOであるMark Zuckerbergではなく、同社を去り、それぞれの道を歩んだ2人の初期メンバーを主軸に、本日はFacebookというスタートアップを紹介したいと思います。

Facebookに別れを告げ、新たなスタートアップを起こしたDustin Moskovitz

 Dustin Moskovitz(以下、Dustin)はMark Zuckerberg(以下、Mark)のハーバード大学の同学年のルームメイト、そしてFacebook 3人目の従業員です(彼はMarkより誕生日が8日早く、現在26歳)。

 同氏は初期のFacebookの技術部門をリードした重要な存在なのですが、驚くことに、当初のDustinは経済学を先攻する「プログラミングを書けない学生」でした。「お前はコードが書けなかったよね? それだとFacebookへの参加は難しいよ」、そうMarkに断られた週末、DustinはPerlというプログラミング言語を独学で極めてMarkの元に戻ってきたそうです。

ハーバード大学でZuckerbergと同室だったDustin Moskovitz。今はAsanaで勝負する。 〔PHOTO〕Asana

 そして2004年夏、Facebookが投資家から出資を受けるにあたって本拠地をカリフォルニアのパロアルトに移動します。

 このタイミングでDustinもハーバード大学をMarkと共に中退したのです。まさにこの時期から同社の急成長が始まるのですが、シリコンバレーのトップ人材が同社にリクルートされる過程で、DustinとMarkの間にはギャップが生まれていきます。

 創業から4年後、DustinはFacebookを去りました。「このままFacebookで働いていくことが、僕にもFacebookにとっても良くないことだと思ったんだ」、そう語った同氏は、自らが主体になって創った最高のスタートアップを退職したのです。

 しかし、もちろん彼には次に歩みたい道が見えていました。Dustinは元Google社員で、FacebookのトップエンジニアだったJustin Rosenstein氏と共に「Asana」を創業します。同社は職場で生まれる「無駄」を最小化するコラボレーションツールを開発中で、2009年11月段階で約9億円の出資をBenchmark Capital、そして複数の個人投資家から受けています*

 現在MarkとDustinの友好関係は良好で、「Dustinには今もFacebookの重要なアドバイスをもらっている」とMark自身も述べています。前回紹介したQuoraというQ&Aサービスを創業したAdam D’Angelo同様、Facebookを去り、Dustin Moskovitzももう一度世界を変えるスタートアップを創るための旅に出たのです。

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