俺たちのガンプラ30年史 [後編]

「夢は歩かせること」ニュータイプ設計者の飽くなき「リアル化」の追求
FORZA STYLE
「最高峰」と言われるPGシリーズの「ダブルオーライザー」を前に、山中信弘氏(左)と西澤純一氏が語った

「ファンに30年の進化を味わってもらう」という思いが込められたRGの開発は、二人の若き設計者の手によるものだ。製品設計チームのリーダー・山中信弘(37)と西澤純一(34)は、いずれも鉛筆で図面を引いていた村松の時代からかけ離れ、「3D-CAD」と呼ばれる3次元の設計システムを駆使するのが当たり前となった時代の"ニュータイプ"である。

 山中は芝浦工業大学に在学中、システム工学を専攻し、ゼミで現実のロボットの開発に携わっていたという。

「全高2m40㎝、重量400kgのロボットが、たった2~3歩ですが歩いた時の感動は忘れられないですね」

 '96年にバンダイに入社した山中は、3年目からガンプラの設計を担当するようになったのだが、バンダイが平面で描く2次元(2D)の設計から、立体画像を駆使する3次元(3D)設計への移行に取り組んだ時期でもあった。

設計データを光造形機に送ると、レーザー光で硬化する特殊な樹脂が加工され半透明の試作品が完成する

 すべてのガンプラが生み出される「バンダイ ホビーセンター」(静岡市葵区)、通称"ガンダム工場"を見学すると分かるが、今やパソコンの画面にプラモデルのパーツが立体的に表示され、デザイン、可動域、変形などのギミック(仕掛け)がパソコン内で精密に設計されている。

 3Dの設計チームが立ち上げられ、メンバーに抜擢された山中がコンビを組んだのが西澤だった。バンダイが3D設計の即戦力を募集しているのを知って即座に手を挙げたという西澤は、コンピューターグラフィックスの専門学校で3Dを学んでおり、この技術において一日の長があった。

「チームで西澤と机を並べましたが、最初の頃は僕が数十万円のPCを使っている横で、彼は数千万円の最新型のPCを使いこなしていましたよ(笑)」(山中)