「夢を夢で終わらせないために」
女子W杯MVP澤穂希が語った「夢を叶えた先にあるもの」

緊急増刷!『直伝 澤穂希』より
[PHOTO]FIFA via Getty Images
PK戦の結果、優勝が決まった瞬間[PHOTO]FIFA via Getty Images

 もし、関心を引かれる対象があるのに、何もしないでいたら。失敗はしないかもしれませんが、後で「やっておけばよかったかな」と後悔するかもしれない。でも、後悔したときにはもう遅い、ということになりかねません。一方で、積極的に関心事に働きかけて、「なんか自分が思っていたのと違うな。やってみて失敗だったな」ということになったら。残念ながら諦めることになります。

 でも「それは自分には合わなかった」という結果は出ます。何もしていなかったら、その自分の関心が、予感が、ハズレかどうかも分からないのです。それでいつまでも割り切れない気持ちを引きずっているのであれば、きっちり結果を出して、合わなかったら次へ向かう。そのほうがスッキリと物事に臨めます。少なくとも私はそう考えて生きてきました。そして今、幼い頃からの夢であった女子サッカー選手として生活できています。

夢を夢のまま終わらせない

 もしあの日、母に連れて行かれた兄のサッカー練習場でシュートしたボールがゴールに入っていなかったら・・・。私は今どうしていたのでしょう。そんな、サッカーと一番最初に出会ったときを、最近ふと考えたりすることがありました。

『直伝 澤穂希』
著者:澤穂希
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「澤さんにとって、サッカーとは何ですか?」---よく聞かれる質問です。とても答えるのが難しいですね。サッカーを通して私は本当に多くのことを得てきました。人としての礼儀、マナーから、戦う気持ち、人との触れ合いといったもの、嬉しさ悲しさ楽しさ悔しさといった感情の部分まで。生活もサッカーに頼っていますし、サッカーを通して知り合った友人なんてすごくたくさんいるし。なでしこリーグで優勝したり、日本代表として日の丸を背負って戦ったり、という貴重な経験も。今挙げたこと以外にもたくさんあります。サッカーで得て、私の中に蓄積されてきたあらゆることは、かけがえのない私だけの「財産」になっています。「私の全て」---それが質問の答えです。

 だから、もしサッカーを始めるきっかけになったシュートが入っていなかったとしても、私はきっとどこかでサッカーを始めたと思います。兄がサッカーをしていたから、きっとその影響で、とか。なんにせよ、どこかのタイミングで「私の夢はサッカーにある!」と気づいたのではないかと思うのです。