「地元・岩手すら見捨てた『許されざる政治家』の実像」
著者インタビュー:『角栄になれなかった男 小沢一郎全研究』松田賢弥(ジャーナリスト)

 今回の震災への政府対応を見ていて、田中角栄だったらどうしただろうと考えることがある。角栄だったら、自分の秘書すべてを被災地に入れ、被災者の不満を吸い上げただろう。そして、被災者の要望を官僚に叩きつけて、具体的な救済スキームを作らせ、復興を主導したに違いない。

 角栄は新潟の豪雪地帯で育ったためか、地元の困窮した民の思いが骨の髄まで沁みついている。地元・新潟に限らず、地方の貧しさを政治の力で克服すべく、政界でのしあがっていった。

 私にとって、角栄は日本の原風景を備えた政治家だ。地方の苦しみを理解し、それをどう克服するかを真剣に考えたとも言える。角栄の金権政治はあくまで一面であって、それだけを責めることは私にはできない。多くの国民もそう思っているからこそ、角栄がいまだに国民に人気があるのだろう。

二重権力しか知らない小沢一郎の不幸

 一方、角栄が息子同然にかわいがった小沢は、地元・岩手が大被害を受けたこの震災で何かをなしたのだろうか。

 結局、小沢は典型的な二世議員なのだ。中学三年生から岩手・水沢を離れて東京に住み、運輸大臣まで務めた父と暮らして、小石川高校、慶応義塾大学、日本大学大学院、そして代議士とエリートコースを歩んできた。生まればかりはどうしようもないが、小沢自身が生活の苦労を知らずに育ってきたのは確かだろう。

 政界入りしてからも、小沢は常に権力とともにあった。一年生のときから実力者・角栄が父親代わりであり、その後も竹下登、金丸信ら"政界のドン"に育てられてきた。時の政権を裏から操る"二重権力"構造のなかで政治家としてのキャリアを積み、その政治手法しか知らないことは、ある意味で小沢の不幸とも言える。小沢にとっては、権力だけが目的で、その権力を使って何かをするという視点が欠落しているのだ。

 こういう背景があるから、小沢はこの震災においても、何らやるべきことを見つけられないのだろう。小沢がやっていることと言えば、「菅下ろし」に代表される永田町内の権力ゲームや、陸山会事件にまつわる弁解だけのようにしか見えない。