黒電話で親しまれてきた"メタル回線"もいよいよ清算の議論が始った。グラハム・ベルが最初に特許をとってから約130年──「通信サービスの王様」もいよいよ引退の時が近づいている。
前回は、日本電信電話株式会社(以下、NTT)が2010年8月末にICT政策タスクフォースへ提出した「マイグレーション(*1)の考え方ついて」と題する書類を解説した。また"光の道構想ソフトバンク案"への反論にこだわる余り「重要な論点を十分に説明しきれていない」と指摘した。
その論点のうち前回は「なぜ、光ファイバーよりも、モバイル・ブロードバンドの整備を優先すべきか」について解説した。今回は、話をもう一歩進めて"All-IP化"と"アプリケーション開発環境の大衆化"について論点を整理してみよう。
欧州や米国など先進諸国は、通信サービスのブロードバンド化という共通のゴールに向かって走っている。日本でもNTTのNGN(Next Generation Network)構想を筆頭に、各社がその目標に向かって歩んでいる。ただ、すでに10年を越え、これからも続くブロードバンド競争は、長期的な視野と展望をもって望まなければならない。
筆者は、ブロードバンド競争は3段階に分かれており、すでに第2段階に入っていると感じている。
ブロードバンド競争の第1段階は「固定ブロードバンド網の整備競争」だった。多くの読者が知っているとおり、インターネット・ブームを背景に1990年代後半から約10年に渡って各国政府と通信事業者が固定ブロードバンド網への投資を続けてきた。現在、日本は光ブロードバンド・サービス普及率が全世帯の36%と世界で群を抜いている。
しかし、DSLやCATVなどを含めたブロードバンド普及率(世帯あたり)全体でみると、フランスが75%、英国が72%、米国が71%となっており、日本は逆に67%に留まっている。とはいえ、この第1段階において日本は優等生であったことに間違いはない。
しかし、世帯普及率で7割前後に達した現在、"固定ブロードバンドの整備"は地域拡大よりダウンロードのスピード競争に変わっている。これにより"固定ブロードバンドへの投資"は重要度が低くなってきた。
一方、先進諸国、特に米国の通信事業者は"インターネットの普及"から"融合サービス基盤の構築"へと舵を切っている。具体的には、ボトルネックとなっているモバイル・ブロードバンドの整備に力をいれる一方、All-IP化(IMS導入)によって、ネットワークの違いに左右されないサービス基盤の構築へと走っている。
これを私は、ブロードバンド競争における第2段階(All-IP化競争)と呼んでいる。
では、All-IP化とは、いったい何だろうか。これは放送・通信サービスをIP網で統一し、ネットワークを越えて、様々なサービスを提供できる基盤をつくることだ。
たとえば、CATVのネットワークにパソコンやインターネット電話(IP電話)をつないで利用することは、その一例だ。最先端のCATVネットワーク(HFC:光ファイバー/同軸混合網)では、従来の放送信号(RF)に加えてIP技術で映像やデータのやり取りを始めている。
これは、CATVがIPという通信手順に対応できるようになったためで、インターネットで生まれた様々なサービス(IP電話やIPビデオなど)を提供できるようになっているのだ。また、携帯データ・サービスを宅内で実現するフェムトセル(宅内基地局)なども、CATVにつながってゆくだろう。このCATVのIP対応こそ、All-IP化の第一歩と言える。
一方、電話網もAll-IP化が望まれている。現在、固定電話で話しているときに、通話を保留してパソコンに移り、通話を再開して、ついでにビデオや写真を相手に送るといったことはできない。
これを実現するには、固定電話をIP電話に変え、ノートパソコンやテレビに繋がったブロードバンド回線とコア・ネットワークで結びつけれなければならない。そうすれば、テレビ番組を見ながら友人と携帯電話でチャットや電子メールのやり取りをすることも可能だ。
このようにAll-IP化は、様々な通信ネットワークがIPという標準語(通信プロトコル)に対応することで、高度なサービスを生み出す。