〔PHOTO〕鬼怒川 毅・堀田 喬
「トロイカ体制、それに輿石(東・党参院議員会長)先生を加えた中で、その体制を大事に考えて活動を進めていく」
8月30日夜、鳩山由紀夫前首相(63)と会談した直後、報道陣の前に現れた菅直人首相(63)はこう言った。トロイカ(3頭立て馬車)―菅・鳩山の両氏に続く3頭目の馬が、小沢一郎前幹事長(68)を指すのは明らかだ。
そこに、小沢氏の腹心・輿石氏が加わる。ある民主党幹部によれば、この発言に"菅派"議員は鋭く反応した。前原誠司国土交通相、岡田克也外相、蓮舫行政刷新担当相・・・。彼らは「小沢色の排除」を訴え、首相を叱咤する電話を一晩中掛けたという。
ほぼ一睡もできないまま、菅首相は8月の最終日を迎えた。民主党分裂の現実味がピークに達した運命の日を―。
8月31日午後2時前、衆議院第一議員会館418号室を出た小沢氏は、議員専用エレベーターの前で番記者に囲まれた。小沢氏は、憮然と目をつぶったまま言った。
「今日、(首相と)会う予定はありません」
お盆が過ぎて以降、永田町の話題は、小沢氏が菅首相の対抗馬として民主党代表選に出馬するか否かに尽きていた。
小沢氏は8月25日に初めて出馬をほのめかしたが、仮に小沢氏が勝てば、鳩山前首相の辞任とともに幹事長職を失った際、「静かにしていてもらう」と、党から小沢色を消した仙谷由人官房長官(64)ら"反小沢勢力"に、どんな復讐を果たすか分かったものではない。そうなれば民主党は分裂する。
だから「党を割ってまで小沢氏は出馬しない」という認識が仙谷氏をはじめ党内に蔓延していた。"小沢信者"の山岡賢次党副代表らが「小沢先生は立つ」と周囲に吹いても、"希望的観測"に過ぎないと歯牙にもかけなかった。
わざわざ「首相に会わない」と宣言した約3時間後、民主党本部8階の代表室に会わないはずの二人の姿があった。
さらにそれから30分後、小沢氏の姿は党本部5階の記者会見場にあった。
「不肖の身でありますが、代表選挙にみなさんからのご推挙をいただいて、出させていただきたいという決意をいたしましたと申し上げたわけでございます」
国民にさえ真意を悟らせたくない政治屋の習い性なのか、ご覧のとおり不明瞭な言い回しで小沢氏は出馬を宣言した。この数週間、己の「出る/出ない」を側近や敵方の菅首相サイドに語らせるだけ語らせて疑心暗鬼を蔓延らせた張本人が、ようやく意思を明確にした瞬間であった。
しかも、「(翌日の)9月1日に正式立候補したら、再度会見を開く」という理由で質問は一切受け付けず、司会の岡島一正代議士が翌日の会見についても、
「(小沢氏が)カチンと来てすぐ帰らないように常識的な質問をしてください」
と、報道陣にクギを刺した。自身に嫌疑のかかった政治資金規正法違反について丁寧な説明を拒む小沢氏である。最高権力を握った暁には、自分に都合の悪い情報をどう扱うのかが垣間見えた。
「政治とカネ」の疑惑が消えない小沢氏の出馬を「適切でない」とする声は、複数のメディアの世論調査で7割を超える。全国紙政治部記者が分析する。
「150人はいると言われる小沢派だが、盲目的に小沢についていく"信者"は20~30人程度。それ以外は浮動票だ。
また、来年は統一地方選があり、地方議員は自身の態度が票と連動するため、国民的不人気の小沢を公然とは応援できない」
小沢氏にしたところでかように勝算が確実なわけではない。鳩山氏は前述した議員会館418号室で、小沢氏と輿石氏を相手に最後の説得を試みた。以下に関係者の話を総合し、室内で交わされたやり取りを再現する。小沢氏に「出馬」を引っ込めさせるには、具体的なカードを切るしかない―鳩山氏が口を開いた。
鳩山「(次のポストは)小沢代表代行、輿石幹事長でも駄目ですか」
小沢氏の表情は一転、険しくなった。鳩山氏を睨みつけ、深いため息をついた。
小沢「それで・・・どうすりゃいいんだ?」
鳩山氏はこう提案した。
鳩山「党で夜に会談ということでいかがでしょうか」
小沢「菅がそう言っているんだな。時間は、菅のほうから言ってくるのか」
鳩山「私から連絡いたします」
菅首相にしてみれば、小沢氏側にヒヨれば前原氏や蓮舫氏らの支持を失うことになる。「小沢氏とサシで対談を」と持ちかける鳩山氏に、首相は言ったという。
「昨日の夜は電話でまったく眠れなかった。そのまま寝ずに考え、(代表選を)やらざるを得ない方向になりそうです」
にわかフィクサーを気取った鳩山氏の努力は、こうして水泡に帰した。
「一方、小沢氏も、"反小沢"の急先鋒・枝野幸男幹事長が身を退く構えを見せた際、菅首相が引き留めたことを聞きつけ、徹底抗戦の腹を固めていた。端からまとまる可能性ゼロの小沢・菅会談だったわけです」(全国紙政治部デスク)
菅氏が首相にふさわしいかはともかく、日経平均株価が9000円を割り込んで今年の最安値を更新(8月31日)する中、「菅か、小沢か」の騒ぎにうつつを抜かしていられるのは、「国民不在の政党だから」という理由しか思い浮かばない。しかも、水面下の足の引っ張り合いだけは一人前である。
仙谷氏の資金管理団体が、仙谷氏の長男が経営する不動産管理会社に、2年8ヵ月間で計320万円を支出していた事実が朝日新聞(8月29日)によってタイミング良くスクープされ、一方の小沢氏については、民主党代表だった'06~'08年に党本部から組織対策費名目で党財務委員長宛てに計約22億円が集中的に支出された問題が流出した。あまりにも露骨で幼稚で醜い争いだ。
「小沢氏が首相になったところで、低い支持率や政治とカネの問題で火だるまになることは覚悟しているでしょうね。では、何が狙いなのか。"壊し屋"の通り名よろしく、最初から民主党の分裂を誘うことにあったのかもしれません。
その先にあるのは、過去にも試みた自民党も巻き込んでの大連立、政界再編でしょう。首相として解散・総選挙を行い、今度こそ真の"小沢党"を作るという壮大な絵を描いているのではないか」(民主党幹部)
政治は権力闘争―が信条の小沢氏にとって、相手が好きか嫌いかだけで物事を判断する幼稚な民主党であり続けてくれたほうが、理想とする独裁的政権運営に一歩近づけるということなのだろう。