「全身麻痺」で話すことができない交通事故被害者が夫に送り続ける「愛の言葉」 

感動ノンフィクション『巻子の言霊』主人公と筆者の対談

柳原 本当に、すごい感想文だと思いました。『巻子の言霊』に出てくる松尾さんご夫妻の体験が、そのまま、彼女のお母様の事故と重なったのでしょうね。

松尾 おそらく、この方のご家族も私たちと同じような、過酷な二次被害を体験されたのでしょう。

初孫に初めて会ったわずか1週後、事故は起きた

柳原 また、同じく、交通事故で5人家族の内3人が障害を負われたという男性(40代)の方は、ご自身の辛い体験談と共に、こう書いておられました。

 『この国は、建前と本音、裏表の慣習が日常に整然とまかり通っている、他国からは干渉され難い閉ざされた島国である---』と。

松尾 まさに、その通りだと思います。私は、長い間アメリカに住んでおりました、つまり異文化のなかで人生の半分を過ごしてきましたので、日本に帰っても、常に物事を比較して見る習慣が染み付いています。

 それだけに、女房が交通事故に遭ってからというもの、日本の医療制度や司法制度の歪み、自動車保険の過酷な払い渋りなどさまざまな問題に直面し、大きなショックを受けました。それはまさに、切り傷に塩を刷り込まれるような経験の連続でした。

突然の事故で全身麻痺となった妻

柳原 松尾さんから初めてお手紙をいただいたのは、2008年の夏でした。それはこんな書き出しで始まる文面でした。

『私の妻は62歳のとき交通事故に遭い、一命は取りとめたものの、全身麻痺となりました。以来、話すことも、食べることも、身体を起こすことも、寝返りを打つことも、指先や足先を動かすこともできず、ベッドの上で仰向けになったまま闘病生活を続けています。唯一、妻が自分の意志で動かすことができるのは、まぶただけなのです----』

 奥さまの巻子(まきこ)さんは、交通事故による頚髄損傷によって、大変な障害を負われたのですね。

松尾 はい。今年の7月1日で、事故から4年になりました。それまで病気ひとつせず元気に暮らしていた女房は、あの日以来ずっと寝たきりにさせられたまま、今も病院で過ごしているのです。

柳原 そして松尾さんも、この4年間、ほぼ毎日奥さまの病室へ通い、介護を続けておられる・・・。受傷の状況については本の中にも詳しく出てきますが、巻子さんにはまったく過失のない、不可抗力の事故だったのですよね。

松尾 ええ、19歳の少年が運転する車が、居眠りのセンターラインオーバーで、いきなり女房の運転する車に正面衝突してきたのです。本人にしてみれば、一瞬のことで、逃げる間もなかったと思います。それだけに、この怒りをどこにぶつけてよいのか、今も苦しんでいます。

柳原 一時は、命も危険な状態だったとか・・・。

松尾 担当の医師からは、「仮に命が助かったとしても、植物状態は免れないだろう」と言われていました。それだけに、まさかここまで意識が回復するとは、事故直後は誰も予想していなかったと思います。