石原莞爾 vol.6

極寒のハルピンで、ロシア文化の残像を見る

vol.5 「今も残る満州帝国の遺物。長春で、日本人の構想力を考えた」はこちらをご覧ください。

 長春駅では大変だった。

 旅行会社の話では、長春-ハルピン間は、「最新型特別急行列車」で行く事になっていた。

 駅の特別待合室から、ホームに降りると、スルーガイドの顔色が変わった。

「いますぐ、荷物を持って階段を上ってください!」

 え、と聞き返すまでもなくガイド氏は階段を駆け上っている。とにかく非常事態だということは分かったので、リモワのトランクを抱えて階段を上りだした。

 降り立ったホームには、どう見ても「最新型特別急行列車」には見えない車両が停まっていた。

ハルピン市街●ロシア文化の影響が強く残る。士課街にある、雑多な商店に蝟集されたロシア正教会聖堂

 ガイドは、車掌を捉まえて、軟座の座席を十数枚買っている。

 なんで、そんなに沢山買うのだろう、と思ったが、謎はすぐ解けた。急行が一本キャンセルになったために、残りの編成に乗客が集中する。そのなかで、シートを確保するために、人数の数倍のチケットを買ったのだ。

 駅では、とんだ騒ぎだったが、長春市街を離れた後の、畑すら目に入らない、黒い土地の無限の広がりは見応えがあった。

 約五時間でハルピンに着いた。

 ハルピンは、ロシアが作った都市である。

 しかも、ロシアは渾身の力を注いで、満州に根拠地を作ろうとしたのである。

 満州のロシア支配の、最も初期に建設された、東清鉄道本社は、ウィーンの分離派―クリムトやオットー・ワグナー―のスタイルを踏襲したものであり、当時、「ヨーロッパ」の最新流行はまずハルピンに現れる、と語られた事を即座に納得してしまうほど、モダンなのだ。

 一方で、市内には煉瓦造りのロシア正教会の教会がいくつも残っている。

「文化大革命の時に、だいぶ壊されたんですがね」

 ガイド氏は云うけれど、ハルピンの市街のスカイラインは、聖堂抜きには語れないだろう。

 白く息を吐きながら、士課街の路地を巡った。市内でも、ロシア教会が建て込んでいる辺りだ。近づくと、聖堂周辺に、その軒や内陣を利用して建てつけられた商店が密集しているのだった。さらにその外周には、中古の電話ボックスを店舗にした、仕立て屋が蝟集しており、極寒のなか旺盛に商いをしているのだった。

甘粕正彦の無気味さに震えた殿山泰司の回想

 ハルピン市を貫く、松花江を越えて太陽島公園に行った。

 辺りは、まるっきりツルゲーネフの世界、と云いたくなるような具合に、ロシア流の別荘が並んでいる。日当たりのよい二階に、温室のようなガラス張りの部屋を備えた邸宅。

 分離派風のモダン建築や、ロシア正教会様式よりも、この別荘―ダーチャ―の連なりが、一番、強くロシア文化の残像を感じさせた。

 松花江は、凍りついている。

 どこから来たのか、中国人観光客が凍結した河面を走りまわっている。

 そのうちの一人が、河原から大きな石をもってきて、氷面に投げつけた。

「とんでもないですね。割れたらどうするつもりなんだろう」

 同行してくれていた、文藝春秋のI氏が云った。

「でも、彼等の方が、ずっと楽しそうですね。われわれより」

 そう云われてみると、自分がなんだか酷く老いているように感じた。

 ホテルに帰り、しばらくすると猛烈な頭痛に襲われた。

「冷えた頭蓋骨が、膨らむからね」

 ガイドが事もなく云った。

 零下四十度に生きるとは、どういう事なのか、少し分かった。

   ∴

 もちろん、お話にもならないほどの弾圧の部厚さがあっての事であったが、戦前の左翼劇団の離合集散の激しさというのは、当事者ですら当惑させる態のものだ。

 昭和を代表するバイ・プレーヤーであった殿山泰司も、いくつかの劇団を渡り歩きながら、その経路の記憶は曖昧であり、新築地劇団よりよほど「先鋭的」だった新協劇団で書記をつとめ、たびたび特高刑事の訪問を受けながらも、それが精確には思いだせないという。

 仲間だった加藤嘉に偶会した時、満州公演に行ったのが、昭和十四年か十五年か、はっきりしない。

 出しものは真山青果の『坂本龍馬』と三好十郎の『彦六大いに笑う』だったという。

「新派で上演した< 彦六大いに笑う 〉も持って行ったのである。何が新劇の公演だ。新劇とはなんだ!! それともこれは戦争の影が濃かったというべきか。時の流れに逆らえなかったというべきか。どうもおれは同情的だな。どうせおれたちは戦争に引きずられた人間だ。大きなことはいえねえよな」(『三文役者あなあきい伝 PART I』)

 新京では、満州映画協会理事長の甘粕正彦の招待を受け、会食に参加したという。

「あのときね、おれは宴席に現れた甘粕の姿を見て、これが大杉栄や伊藤野枝を殺した憲兵大尉甘粕正彦という人間かと、その無気味さにプルプルときたけどね、あんたおぼえてるか?」(同前)

 劇団は、北上を続けハルピンに至る。

 新京で、白ロシアの女郎屋に行って以来、すっかりペースを取り戻した。

 キタイスカヤの、張作霖の元愛人の日本人女性が経営するクラブ、『トロイカ』では白系ロシア人男女のショーを見る。

「戦後になっておれは、シロシロやシロクロはゲップの出るほど見たけど、ハルピンのトロイカの見る者の心を打つほどキレイなのは見たことがない」(同前)

 とはいえ、関東軍の専横は腹に据えかねた。

「おれたちが行ったころのトロイカでは、関東軍の将校野郎たちが、腰の軍刀をぶらぶらさせやがって、でっけえツラしてやがんだ。軍人以外の者は人間ではないというその態度。不愉快きわまる。おれは軍人はキライだ、死ね!! 権力の好きな政治家もキライだ、死ね!! 死んで貰います」(同前)

以降 vol.7 へ。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら