黒川光博[虎屋社長]×壬生基博[森アーツセンター副理事長]×犬丸徹郎[帝国ホテル東京副総支配人]
初公開"軽井沢会"をご存じですか

セオリー

壬生 犬丸さんのお父様の一郎さんが、以前、「軽井沢は避暑地から観光地になった」と書いておられましたね。

犬丸 アウトレットが出来て、新幹線も通って確かに便利になりましたが、昔の風景はあちこちで破壊されてますね。高速道路のインターの渋滞を避けて、抜け道が知られるようになると、昔は細い道では譲り合う暗黙のルールがあったのに、今の車はそれを無視して突っ込んでくる。

 子供の頃はまだ道も舗装されてなくて、自転車で別荘の間の脇道をよく走りました。地元の厩舎だった石橋や松葉(現・松葉タクシー)の馬に乗ったことも、楽しい思い出です。

黒川 今は皆、「軽井沢銀座」なんて呼んでるけど、あの頃は単に「町へ行く」って言ってましたよ。それ以外に町なんてなかった。テニスコートも「町のコート」でした。そういえば、白樺の木も減りましたね。

壬生 最近は別荘も、以前の軽井沢らしい木造の別荘ではなく、東京と変わらないモダンな建物が増えたのは残念です。

犬丸 ウチの旧軽の別荘なんか、以前は五右衛門風呂で、叔父たちが入るために薪を割ったものですよ。今はどの別荘でもエアコンを使うから気温が上がって、夏の軽井沢は本当に暑くなりました。ウチは今もエアコンを付けてません。

壬生 わが家も別荘にはクーラーを付けてませんが、近所のお年寄りは、夏が暑いので「東京の家に避暑に行った」と言ってますよ(笑)--。

黒川 うちもクーラーはありません。

昔からの別荘にはクーラーがないから暑くなると東京へ避暑に行く

--さすが本物の軽井沢族ですね。

黒川 というより、「軽井沢がカッコいい」だなんて意識は、まったくありませんでした。あくまで当たり前に、自然に夏の間を過ごすところで、決して特別な場所ではなかった。

 それと、東京では一人一人が個人的なお付き合いですが、軽井沢では代々、家族ぐるみで知っている。軽井沢の仲間とは、もちろん東京でもお付き合いしますが、仕事上の付き合いではないですね。軽井沢に名刺を持って行くわけではありませんから。

壬生 そう。「仲間」という感覚ですから、肩書は関係ない。軽井沢に行けば、昔からの仲間がたくさんいる。そういう意味で軽井沢には、日本では数少ない、貴重なリゾート・コミュニティがあると思います。

犬丸 私も軽井沢でビジネスの話はしません。そうでないと、オンとオフの切り替えができなくなってしまいますから。ホテルマンという職業柄、様々な方とお目にかかりますが、軽井沢では仕事は関係ない。本当の仲間だけのお付き合いをしています。

黒川 といって、古い仲間だけが集まっているわけじゃない。新しい仲間や友人も生まれます。その意味で、軽井沢は決して排他的なコミュニティではありません。

犬丸 うちの別荘に初めて遊びに来て、「軽井沢はいいですね」と別荘を建てた友人も大勢います。あるいは、子供の同級生のご両親が軽井沢に来て、親しくなった方もいますね。お互い呼んだり呼ばれたりして親しくなる。

 しかし、そうした避暑地のコミュニティが、観光地になって失われたところがあると思います。観光客は「個」ですから、軽井沢にコミュニティは求めない。

 もちろん、昔より良くなっている部分もありますが、開発が進んだ代償として、軽井沢駅から旧軽銀座に向かう道の途中にも、建てたまま使われてない大きなビルが廃墟化している。非常に寂しいですね。