『ケチャップの謎 世界を変えた"ちょっとした発想"』 著者:マルコム・グラッドウェル 翻訳:勝間和代

 ウォールストリートはある原理を信奉している。つまり、株の投機には専門技術というべきものが存在し、そのスキルと洞察力が投機に重要であることは、外科手術やゴルフ、あるいは戦闘機を飛ばすためにスキルと洞察力が重要なことと何ら変わらない、という原理だ。

 ソフトウエアが現代社会で果たす役割の重要性を見抜いていた先見性のある者は、一九八六年にマイクロソフト社の株を購入して富を築いた。投資バブルの心理学を理解していた者は、一九九九年末にハイテク関連株を売り、ナスダック市場の暴落による被害を免れた。

 ウォーレン・バフェットが「オマハの賢人」と呼ばれるのは「ゼロから数十億ドルもの財を築きあげたのだから誰よりも賢いのだ」という論理に議論の余地がないと思われたからだ。たしかにバフェットが巨万の富を築けたのには何らかの理由があるのだろう。

 それでも─とタレブは思った。その理由がバフェットの成功を招いたと、どうして言えるのだろう? 成功したあとで、もっともらしい理由が考え出されただけではないのだろうか?

 ジョージ・ソロスにも成功の理由がありそうだ。ソロスは「再帰性理論」なる持論を唱えていることで知られている。だがその後、「(再帰性理論は多くの場合)根拠が非常に弱いため、無視しても差し支えない」とソロスは書いた。

 タレブの古くからの取引相手であるジャン=マヌエル・ロザンが、ある日の午後ずっと、株式市場についてソロスと議論を交わしたことがあった。ソロスは下げ相場だと猛烈に主張し、その理由を念入りに説明したが、結局はまったくの間違いだった。市場は活況を呈したのだ。

 二年後、テニス大会でロザンがソロスに出くわした。「あのときの話を覚えてるかい?」。ロザンが訊くと「よく覚えているよ」とソロスが答えた。「考えを変えたんだ。それで大儲けした」。

 なんとソロスは考えを変えていたのだ! 

 ソロスの真実の姿かと思われるのは、かつて息子のロバートが述べた、次の言葉である。

 父はいつも椅子に座って理論を持ち出し、自分があれこれすることの理由を説明する。けれども、父がそうする姿を見て、私は子どもながらにこう思ったのを覚えている。「ああ、少なくともその半分はでたらめだ」。わかるだろう? つまり、父は「背中がひどく痛む」という理由で、市場ですぐに意見を変えるような人間なんだ。どんな理由だって関係ない。父は文字通り、痙攣を起こす。それが初期の警告サインになるんだ。

 つまるところ、タレブにとって、金融市場でなぜその人間が成功するのかは厄介な問題だった。

 こんな暗算が成り立つ。世間に一万人の投資マネジャーがいるとする。これは、それほど的外れな数字でもない。毎年、その半数がまったくの偶然によってカネを稼ぎ、あとの半数がまったくの偶然によってカネを失うとする。

 その年、損失を出した者は駆逐され、残った者だけでゲームが再開される。すると五年後には三一三人が、一〇年後には、わずか九人がまったくの偶然によって勝ち続けた者として生き残る。

 バフェットやソロスと同じく、ニーダーホッファーも才気溢れる人間だ。シカゴ大学で経済学の博士号も取得している。市場パターンを詳細に数理分析することによって、投機家は利益を生むアノマリー(理論では説明のできない、株価の規則的な現象)を見極められる、という考察も提唱した。

 だが、ニーダーホッファーが「幸運な九人」のひとりではないと誰が断言できただろう? そして一一年目には「不運なひとり」となって、突然に全財産を失い、ウォールストリートで言うところの、一瞬で"吹っ飛ぶ"ことになると誰が予測できただろうか?

 少年時代をレバノンで過ごしたタレブは、母国がほんの半年で、本人の言う「天国から地獄へ」と変わり果てた様子を克明に覚えている。一家はレバノン北部に広大な土地を所有していたが、一九七五年のレバノン内戦ですべてを失った。

 タレブの祖父はレバノンの副首相の息子であり、祖父自身もレバノンの副首相を務め、尊厳に満ちた人物だったが、余生をアテネのみすぼらしいアパートメントで送った。

 それこそがこの世の問題だ。なぜものごとが「そのような結果」に終わるのかについて、あまりにも不確実なところが多い。ある日、運に見放され、すべてが押し流されてしまうのかどうかは誰にもわからないのに。

 タレブはニーダーホッファーから多くのことを学んだ。ニーダーホッファーが熱心なアスリートだと知り、自分もスポーツに打ち込んだ。自転車で職場に通い、ジムで身体を鍛えた。強固な経験主義者(エンピリシスト)であるニーダーホッファーは、その日、コネティカットの邸宅でタレブに断固たる声でこう告げた。「検証しうるものはすべて検証されなければならない」と。

 数年後、タレブはヘッジファンドを創設し「エンピリカ」と名づける。

 だが、タレブがニーダーホッファーに従ったのもそこまでだった。

 タレブは、いかなる"吹っ飛ぶ"可能性のある投資戦略も実行するわけにはいかない、と固く決意したのだった。

2

 ナシーム・タレブは背が高く、筋肉が発達している。年齢は四〇代はじめ。ごま塩の顎ひげをたくわえ、額は大きく後退している。眉毛が太く、鼻は高い。地中海の東側沿岸国(レバント地方)の出身だけあって肌はオリーブ色だ。気分が変わりやすく、自分の世界が曇るときのタレブは、眉毛がつながり、目がすっと細く狭まり、まるで放電しているかのようだ。

 友人のひとりによれば、『悪魔の詩』(新泉社)を著した作家のサルマン・ラシュディに似ている。だがオフィスの掲示板には、あるイスラム教国の法学者の写真が貼られている(スタッフは、その人物が、タレブが子どものころに生き別れた双子の弟に違いないと笑う)。タレブ自身は「恐れ多くも、自分なんかがショーン・コネリーに似ているはずがない」などと言う。

 住まいはベッドルームが四室のチューダー様式の家だ。ギリシャ正教のイコン(聖画像)が二六点。古代ローマ人の頭像が一九点。四〇〇〇冊の蔵書。夜明けに起きて一時間書きものをする。著書が二冊。一冊目は、デリバティブに関する専門書として高い評価を得た。

 二冊目の『まぐれ─投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか』(ダイヤモンド社)は大きな反響を呼び、同書が因習的なウォールストリートに与えたその衝撃は、九五箇条の提題(マルチン・ルターが教会の扉に張り出した主張。宗教改革の契機となった)がローマカトリック教会に与えた衝撃に匹敵する。