週刊現代経済の死角

2011年06月29日(水) 週刊現代

ひとつになれない 三越vs.伊勢丹
泥沼と憎悪の「内部資料」

〔PHOTO〕gettyimages

 崖っぷちの百貨店業界。昨年も全国で11店舗が閉店した。その逆風のなかJR大阪駅に新店舗をオープンしたばかりの業界トップ三越伊勢丹。合併後初の開店で社員の士気も高い・・・はずなのだが。

あまりに違うボーナス

 4月に合併を果たした三越伊勢丹。いままさに船出したばかりといったところだが、早くも雲行きは怪しい。本誌先週号でもお伝えしたとおり、現在、三越伊勢丹の内部では〝ボーナス格差〟による対立が起こっている。

 今回、本誌は三越伊勢丹に関する様々な内部資料を入手した。国内全店舗の月毎の売り上げ・予算・前年比一覧のデータをはじめとして、係長クラス以上の全社員の顔写真、所属が記された『2011 役付者一覧』や、労使協議の議案書などである。

 例えば、『三越伊勢丹グループ労働組合三越伊勢丹支部2011年度春の交渉議案書(案)』には、以下のように書かれている。

〈新会社スタート後は、全従業員一丸となって、厳しい企業環境に向かっていかなければなりません。そのために、出身会社・雇用形態・各々の役割・世代などを超えて、互いを理解し双方向のコミュニケーションをとる事によって真の一体化を目指していきましょう〉

 真の一体化、と理想は高い。しかし、現実はかけ離れている。

 6月15日は、同社にとって合併後初となるボーナスの支給日だった。各部署では、部長が社員をひとりずつ呼び出し、ボーナスの明細書を手渡していく。普通の企業であれば、こんな時は金額やその使い途を巡り、同僚との会話が弾むものだろう。

 だが、三越伊勢丹の社員はいずれも、受け取った明細書にチラリと目をやると、そそくさと鞄にしまい込み、何事もなかったように仕事に戻ってしまったという。旧伊勢丹出身の同社社員が苦笑しながら言う。

「例年であれば、上がったとか下がったとか、同僚と言い合うんですが、今年は一切、ボーナスについての会話はありませんでしたね。というのも、支給額が我々〝I社員〟(旧伊勢丹側社員)と〝M社員〟(旧三越側社員)の間で大きく差がついたからです。I社員は平均で3~4ヵ月分もらえるのですが、M社員は1ヵ月分だけ。あまりに違うので、事前に上司から『M社員の前で、ボーナスの話はしないように』とお達しが出ていたんです」

 事実、三越伊勢丹の〝ボーナス格差〟の凄まじさは、本誌の入手した『2011年5月メンバーズVOICE議案書(案)』からも明らかだ。

 三越伊勢丹の給与体系は合併後に一本化され、ステージA(店長・部長クラス)、ステージB(係長~課長クラス)、ステージC(係員クラス)に大別、各ステージはさらに数段階の〝ゾーン〟に細分化されている。

 同議案書に掲載のボーナス支給表によると、ステージBの6月のボーナスは、旧三越側社員が中位評価で1ヵ月分、最高でも1・2ヵ月分しか支給されないのに対し、旧伊勢丹側社員は中位評価でも3~4ヵ月分、なかには、5ヵ月分を越えるケースもある。

 例えば、ステージBで最低ランクのゾーンXの社員の場合、月給は40万円。つまり、旧三越側社員ならボーナスは1ヵ月分の40万円が平均だが、旧伊勢丹側社員であれば120万~160万円程度までハネ上がるわけだ。

「俺達はパートと同じか」

 あまりの差に、旧三越側の中堅社員は、こうボヤく。

「同じ部署でまったく同じ仕事をしているのに、ボーナスが3倍も違うんじゃ、やってられないですよ。

 ウチの会社にはサムタイマー社員という時給制の契約社員がいるのですが、彼らにも1ヵ月分のボーナスが支給されるとあって、M社員だけが集まる席では、『俺達はパートと同じか』と文句を言い合っています。なかには『労働基準法違反じゃないか。労働基準監督署に訴えてやる』なんて憤る社員もいるほどです」

 ちなみに、12月のボーナスは、業績評価による変動のない、定額支給の予定だ。しかし、旧三越側社員は1・5ヵ月分、旧伊勢丹側社員が2・5ヵ月分と、きっちり1ヵ月分の差がつけられている。

 これでは旧三越側社員が憤るのも無理はない。しかし、労働問題に詳しい社会保険労務士の北村庄吾氏によれば、法令上は何ら問題ないという。

「もともと、ボーナスというのは業績や評価によって変動するものですから、差がついても労働基準法違反にはなりません。ただ、同じ仕事をしているのに、出身母体が違うというだけで3倍もの開きがあっては、社員のモチベーション低下につながりかねない。人事管理の点から見ると、疑問ですね」

 なぜこのようにボーナスに格差がついたのか。そこには、合併の経緯が関係している。

 経営統合発表当時、百貨店業界売り上げ4位で、従業員数6714人の三越と、売り上げ5位で従業員数3632人の伊勢丹とが合併し、業界1位に—そう聞くと、あたかも三越が主導権を握ったように思えるが、実状は違う。

(左)2011年6月旧三越側社員ボーナス支給表 固定の0.7ヵ月に0.50ヵ月足しても、1.2ヵ月分にしかならない
(右)2011年6月旧伊勢丹側社員ボーナス支給表 最高評価は5.5ヵ月。さらに全員に6万円が加算される

 全国に店舗を構え、百貨店の代名詞とも言える老舗三越。しかし、三越はゴルフ場経営の失敗などで深刻な赤字体質に陥っていた。その三越を、高い収益力を誇る伊勢丹が救済するかたちの合併だった。その結果、経営の主導権は伊勢丹側が握ることになったのだ。

 三越伊勢丹の会長こそ三越出身の石塚邦雄氏(三越伊勢丹ホールディングスの社長を兼務)だが、実質的には〝お飾り〟に過ぎないという。

「旧伊勢丹側の幹部連中は『石塚さんが三越でなく伊勢丹に入社していたら、課長にすらなれなかっただろう』と陰口を叩いていますよ。というのも、彼は管理部門が長く、売り場に立った経験がほとんどないからです。現場を重視する伊勢丹側から見れば、『モノを売ったこともないのに何がわかるのか』ということですね」(旧伊勢丹側社員)

 石塚会長は旧三越時代、周囲の反対を押し切って'06年に三越武蔵村山店(東京都)、'07年には三越名取店(宮城県)を開業させたものの、両店とも'09年に閉店に追い込まれたという過去もある。そのため、旧三越側社員の間からも、その経営手腕に疑問の声が上がっているのだ。

「実質的に経営を仕切っているのは、いずれホールディングスのトップに立つと見られている、伊勢丹出身の大西洋社長です。

 また、現場を指揮する執行役員を見ても、13人中、旧三越側は3人しかおらず、百貨店の花形である仕入れ担当のMD統括部長や、支店グループ統括部長など、主要なポストは旧伊勢丹側社員が押さえています」

 旧伊勢丹側社員は、そう言って胸を張る。しかし、これまでの伊勢丹流経営が奏効したわけではない。

「伊勢丹には逆らえないが」

 右の表は、本誌が入手した、三越伊勢丹国内百貨店の、2011年5月度確定実績データから重要な部分を抜粋したものだ。

 この表を見ると、確かに、伊勢丹側の主導で、鳴り物入りで開店したJR大阪三越伊勢丹は、予算(売り上げ目標)の65億円に対し、売り上げ実績は64・9%の42億1500万円にとどまっている。

 昨年9月にリニューアルした銀座三越の売り上げを見ると、前年比171・6%と一見好調に思えるが、これは増床のおかげ。その実績が物足りないものであることは、予算比で88・6%という数字を見れば明らかだ。

「銀座三越は看板こそ三越ですが、改装については旧伊勢丹側社員が大量に動員されたんです。経営陣の責任は重いと思いますよ」(旧三越側社員)

 さらに、基幹店を除く首都圏6店舗も、黒字なのは伊勢丹浦和店くらいで、内情は火の車。とくに伊勢丹の松戸店や府中店、千葉三越は近いうちの閉店もありえるという。

「真の一体化」を目指していたはずの労働組合でさえ、一枚岩とは程遠い。

 それを象徴するのが、6月6日から8日にかけて急遽実施された『三越伊勢丹グループ労働組合』の委員長選挙である。

 同社労組は、会社の合併に先駆けて昨年6月に発足し、初代委員長には話し合いによって旧伊勢丹労組委員長が選出された。しかし任期切れを迎えた今年6月、現経営陣に不満を抱く元三越労組委員長が突如、委員長選挙に立候補を宣言。現委員長との一騎打ちになだれ込んだのである。

 だが、その選挙戦も公正とは言い難いと、旧三越側社員は首を捻る。

「普通、選挙であれば立候補者の主張が配られるでしょう。しかし今回の委員長選では、立候補者の入社年次や現在の役職が記載された紙切れが回されただけでした。

 労組関係者によると、立候補者の主張を掲載する予定だったものの、旧三越側があまりに過激な経営陣批判を書いたため、経営陣に近い労組執行部が掲載を取りやめたということです」

 選挙結果は6月13日に発表され、1万314票を獲得した現委員長が当選。旧三越側は5432票にとどまったというが、前出の旧三越側社員はこの結果にも不信感を覚えるという。

「いくら伊勢丹には逆らえないといっても、組合員数はウチの方が多いはずですから、こんなに差が開くなんて考えられない。票が操作されたんじゃないかという噂も飛び交っているほどですよ」

「合併を解消してほしい」

 労組がまっぷたつの状態なのだから、職場でいがみ合いが始まるのも当然だ。旧伊勢丹側社員はこう語る。

「合併初年度から全社員をシャッフルしてしまうと混乱が予想されるため、今のところはステージB以上で人事交流が始まっているのですが、M社員はとにかく働かない。例えば、仕事の締め切りが迫っていれば、普通は残業したり、早出しますよね。でも、彼らは『危なくなったら上司が助けてくれますよ。時間切れを狙いましょう』なんて平然としている。いつも、最後には誰かが助けてくれると思っているんです」

 言われ放題の旧三越側社員だが、もちろん彼らにも言い分がある。

「I社員は『とにかくいい商品を置けば売れる』という考えですが、ウチは『エンピツ一本から絵画まで、お前のところに頼む』と、お客様に言ってもらう関係を作ることが目標。顧客を重視する三越と、商品ありきの伊勢丹。そもそもの考え方が違うのだから、うまくいくはずがない。古くからのお客様の中には、三越が伊勢丹を吸収したと信じている方もいるんです。伊勢丹と合併して、三越ブランドへの信頼はすっかり損なわれてしまった。まったくいい迷惑ですよ」

 本来、企業合併とはお互いの持ち味を活かすために行われるものだが、目下のところ三越伊勢丹は、足の引っ張り合いを続けるばかり。今回取材した社員たちは旧三越側社員、旧伊勢丹側社員ともに「今からでも合併を解消してほしい」と口を揃える。

 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の投資アナリスト・佐々木加奈氏はこう分析する。

「当初は三越が得意とする富裕層と、伊勢丹がターゲットとする若者層の両者を取り込むのではと見られていたのですが、今のところそのような合併の効果が出ているとは言えません。

 ただ、コストカットのおかげで利益の出る体質になりつつある。全国百貨店売上高は、14年連続で前年を下回り、どこも苦しい。そんな中、三越伊勢丹は2桁増益と予想されています」

 三越伊勢丹ホールディングスの広報担当者は、本誌の取材に対し、合併のプラス面を強調した。

「仕入れの効率化や、広報部門のスリム化など、統合によるメリットは大きかった。売り上げの減少は、リーマン・ショック以降の慢性的な不況が原因だと考えています」

 東日本大震災の影響による国内の消費のさらなる冷え込みは必至で、頼みの綱の外国人観光客も激減。百貨店業界は、いまがまさに正念場だ。この国を活気づけるためにも、業界の雄は内輪もめをしている場合ではない。