牧野 洋牧野洋の「ジャーナリズムは死んだか」

2010年07月29日(木) 牧野 洋

国際会議でもぶら下がり取材に邁進、「ガラパゴス化」した日本の新聞社
「速報ニュース至上主義」に追われ「肉体労働者」になる新聞記者

 国際会議の取材現場では、日本の新聞社の「速報ニュース至上主義」が浮き彫りになる。これを象徴するのがぶら下がり取材だ。

 記者は、歩いて移動中の取材対象者に「ぶら下がる」ようにして質問する。会議を終えてホテルに向かおうとする取材対象者を取り囲んだり、記者会見を終えて会見場を出ようとする取材対象者をつかまえたりするのだ。

 独自取材そっちのけで、いわば「突撃取材」に走り回るわけだ。これは今も昔も変わらない。

今年1月にスイス・ダボスで開催した世界経済フォーラムの年次総会。こちらでも日本の記者は「ぶらさがり」    (写真提供:ロイター=共同)

 個人的には1990年代半ばを思い出す。日本経済新聞のチューリヒ支局長としてスイスに駐在していた。

 国際機関が集中するスイスでは国際会議を取材し、要人にぶら下がる機会が多かった。他国の新聞記者と比べて自らの行動を観察できたため、当時の体験は今も鮮明に覚えている。

 チューリヒには日経新聞と同様に、欧米系の有力経済紙が支局を置いていた。米ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)と英フィナンシャル・タイムズ(FT)だ。ビジネス界の事実上の世界共通言語である英語で書かれているだけに、両紙ともヨーロッパ中のビジネスマンの間で読まれ、影響力があった。

 当時のFTチューリヒ支局長はイアン・ロジャー。その前に東京支局長を務めていた彼とは、東京支局長時代から個人的に面識があった。「経済新聞の記者として同時期に東京からチューリヒへ異動するなんて奇遇だね」と意気投合し、市内で一緒に食事したこともある。

 食事の席で、次のような会話をした。

「イアン、もうすぐバーゼルの国際決済銀行(BIS)本部で中央銀行総裁会議が開かれる。ぼくは毎月それを取材しているのだけれども、FTは関心がないようだね」

「そこに行って何をするの?」

「ロビーに現れる各国中央銀行総裁に突撃取材する。何かコメントするかもしれないから」

「それは通信社の仕事では? 日経新聞の事情には詳しくないけれども、少なくともFTでは速報ニュースの処理を求められていない。必要ならば、通信社電を使えば済む」

 独自取材でBIS本部を訪れることはあっても、ぶら下がり取材のためにBIS本部を訪れることはないというのだった。

「中央銀行の中の中央銀行」と呼ばれるBISの本拠地スイス・バーゼル。ここで毎月、主要国の中央銀行総裁が集まり、金融情勢について意見交換する。会議が終わると、各国中央銀行の総裁がBISの本部ビルから次々と姿を現し、宿泊しているホテルに向かったり、止めてある車に乗り込んだりする。

 ぶら下がり取材には絶好のチャンスである。世界の金融市場が中央銀行の一挙手一投足に注目している。中央銀行総裁が何かコメントすれば、それだけで金融市場が動く可能性がある。そのため、BIS本部ビルのロビーには毎月、ヨーロッパ各地から多くの経済記者が集まる。

日本の新聞記者以外は通信社の記者だけ

 わたしがチューリヒに駐在した2年半、電車で1時間半かけて毎月バーゼルへ行った。その間、BIS本部のロビーで一緒に待機する記者団の中に欧米の新聞記者を目撃したことは1度もなかった。欧米の新聞界の常識に照らし合わせると、FTのロジャーの行動は「普通」だったのだ。

 APダウ・ジョーンズ、ロイター、AFX――。BIS本部のロビーに毎月集まる欧米人記者の所属は、決まって経済通信社だった。インターネットの揺籃期、全員が特別仕様の情報端末で武装し、ロビー内で即座に原稿を執筆・送信する体制を築いていた。そんな必要性がないのは通常、わたしだけだった。

 この点では疑問の余地はなかった。ぶら下がり取材がひと段落すると、バーゼル市内のレストランで欧米人記者とよく夕食をともにした。通常10人前後が集まり、お互いに顔も名前も知っていた。わたしを除いていつも全員が速報記者、すなわち通信社所属だった。

 数カ月に1度、日本銀行総裁も中央銀行総裁会議に出席した。すると、BIS本部のロビーで待機する記者の顔ぶれが少し変わった。わたし以外にも日本人記者が加わり、日本人だけで固まる一角ができたのだ。日本人記者団には一般紙の新聞記者も含まれた。

 日銀総裁がロビーに登場すると、日本人記者団が総裁を取り囲んだ。日本語だけでぶら下がり取材するため、欧米人記者は輪に加われない。つまり、日本メディアの「独自ネタ」になった。ホテルまで歩いて5分程度、総裁は会議の内容のほか直近の市場・経済情勢について感想を述べてくれた。

 少なくとも通信社の記者にしてみれば、BIS本部のロビーで待機していれば必ず収穫があった。会議が終わると、議長役の中央銀行総裁による記者懇談があったたからだ。当時の議長役はドイツ連邦銀行総裁のハンス・ティートマイヤーで、会議内容を大まかに説明してくれた。

 ただ、これはぶら下がり取材ではなく、ロビーで開かれる即席の公式ブリーフィング。大ニュースが飛び出すことはなかった。

 速報記者にとって最大の関心事は、アメリカ連邦準備理事会(FRB)議長のアラン・グリーンスパンだった。グリーンスパンがロビーに出てくると、何人もの記者が目の色を変えて追いかけた。ぶら下がり取材を試みたのだ。だが、グリーンスパンはいつもそそくさと車に乗り込み、消え去ってしまった。

海外駐在記者の仕事は「ヨコタテ」

 成功の確率はゼロに近いと分かっているにもかかわらず、グリーンスパンにぶら下がるためだけにバーゼルにやって来る記者もいた。

 アメリカ系経済通信社APダウ・ジョーンズの記者は「グリーンスパンが絶対に何も語らないとは言い切れない。万が一何か語ったときにその場に居合わせなかったら・・・。リスクがあまりに大きく、無視できない」と語っていた。

 ひょんなことからFRB議長がぶら下がり取材に応じ、為替や金利動向に言及したら、速報性が命の通信社にとって一大事。他社よりも1秒でも早く報じなければならない。それで通信社の競争力が決まる。

 アメリカではFRB議長は「大統領に次いで影響力を持つ」とも言われている。「ドルの全面安を懸念」と言えば、それだけでドルが急騰し、アメリカの長期金利が跳ね上がることもある。グリーンスパンは「マエストロ(名指揮者)」とも呼ばれるほどの名FRB議長だったから、なおさらだった。

 ぶら下がり取材は独自ネタになりにくい。最初は1人しかぶら下がらなくても、「ひょっとしたら重大なコメントが出てくるかもしれない。万が一に備えてぶら下がっておかないと、特オチになってしまう」との不安から、ほかの記者も一斉にぶら下がりの輪に加わるからだ。

 結局のところ、取材結果は複数の報道機関で共有され、共通ネタになる。共通ネタであれば、だれが報じても記事内容は実質的に変わらない。唯一の付加価値は速報性だ。通信社の記者が「一刻も早くニュースを流せ」と言われるのはこのためだ。

 新聞にとってはどうか。FRB議長のコメントは必ずしも1面に載らない。翌日の紙面で報じる時点では、コメント内容はすでに市場に織り込み済みで、ニュース価値はほとんどなくなっているためだ。

 「市場に織り込み済み」とは、コメントに反応して為替相場などがすでに大きく動いているという意味だ。新聞社が勝負するのは、速報性ではなく深い分析である。

 新聞社に勤めていたにもかかわらず、わたしは毎月BIS本部前で待機して共通ネタを追いかけていた。

 例えば、1994年11月8日付の日経夕刊1面で「ドル安防止、米の介入を支持、G10中銀総裁会議で一致」と書いた(G10は主要10ヵ国の意味)。何時間も前に欧米系通信社が流していた記事と内容はほとんど同じだった。

 なぜ日本の新聞社は通信社電を使わないのか。契約料を払って国内外の通信社からニュース配信を受けているのは、通信社電を使うためではないのか。

「速報ニュース(ストレートニュース)こそジャーナリズム」という発想から抜け出せていないからだ。「調査報道こそジャーナリズム」との哲学があれば、速報ニュースはすべて通信社電にしても構わないはずだ。少なくともアメリカの主要紙はそうしている。

 速報ニュースは大半が共通ネタだ。海外発の共通ネタを通信社に任せると、日本の主要紙からは海外発の自社電が大幅に減りかねない。かつて「特派員」と呼ばれていた海外駐在記者の仕事は、業界用語で言う「ヨコタテ」が中心だからだ。ヨコタテとは、欧米の通信社電をヨコからタテにする、つまり翻訳するという意味だ。

共通ネタを無視して独自ネタで「一面スクープ」

 スイスで開かれる国際会議には有名な「ダボス会議」もある。非営利団体「世界経済フォーラム」がスキーリゾート地のダボスで毎年開催する会議で、世界各国の政治家や経営者ら有力者が一堂に会する。1990年代半ば、ここでも似た光景が見られた。

 1995年1月下旬に開かれたダボス会議で大きな注目を集めたのが、中東和平交渉だった。ダボス会議にパレスチナ解放機構(PLO)議長のヤセル・アラファトとイスラエル外相のシモン・ペレスが招かれていたため、急遽、ダボスが和平交渉の場になった。

 わたしは会議中、ロシア首相をはじめ有力者の演説や記者会見を処理する一方で、アラファトとペレスの会談に目を光らせていた。アラファトは毎朝、雪道を歩いてホテルから会議場へ向かっていたため、道中ではいつもぶら下がり取材を受けていた。わたしの日課もアラファトのぶら下がりになった。

 ニューヨーク・タイムズ(NYT)など欧米系有力紙の新聞記者はぶら下がり集団には見当たらなかった。通信社所属の速報記者ばかりだ。アラファトがニュースになりそうな発言をすれば、彼らは先を競うように走り出した。

 会場内に設けられた記者室内では、やはり通信社の記者が分刻みで続く演説や記者会見を一心不乱に処理していた。山積みになっている発表資料も次々に記事にして送らなければならず、息つく暇もなかった。

 わたしはそんな速報記者と肩を並べ、「ライティングマシン」化していた。目が回るような状況下で、ふと「イアンはどこで何をしているのだろう」と思った。FTのチューリヒ支局長、イアン・ロジャーのことだ。

 思い返してみると、ぶら下がりばかりか、記者室内や会見場でもロジャーを見かけることはなかった。FT以外の欧米系有力紙の記者とも出会うことはなかった。中央銀行総裁会議と同様に、ダボス会議を取材する記者の数では通信社が新聞社を圧倒していたようだ。

 ある時、ダボス発の長文記事がNYT国際版のインターナショナル・ヘラルド・トリビューンの1面トップに掲載され、会場内で配られた。「ダボスを舞台にドイツ実業界の首脳が中国首脳と密かに会い、中国への投資拡大について話し合った」という独自ネタだった。

 NYTの記者はダボス会議では共通ネタを無視し、「通信社が配信しないニュースの発掘」に力を入れていたのだ。

WSJは250人、日本の新聞社は1000人の記者だが・・・

 分析・解説を加えずに事実をそのまま報じる速報ニュースで競争力を発揮するには、大量の記者が必要になる。突発的ニュースのほか記者会見やニュースリリースなども漏れなく処理し、だれよりも早く報じなければならないためだ。その意味で速報記者は「知的労働者」というよりも「肉体労働者」に近い。

 それを端的に示しているのが、WSJを発行するダウ・ジョーンズの記者構成だ。同社は傘下に経済通信社ダウ・ジョーンズ・ニューズワイヤーズ(DJNW)も抱えている。つまり、新聞社と通信社の機能を兼ね備えているわけだ。

 メディア王ルパート・マードック率いるニューズ・コーポレーションがダウ・ジョーンズを買収した時、記者数はDJNWで700人に上ったのに対し、WSJで250人にとどまった。国際会議取材のために人海戦術を展開するほどの人的余裕はWSJにはない。

 日本の主要紙で記者数が軒並み1000人を超えているのは、新聞社が実質的に通信社的な取材体制を敷いているためだ。その象徴がぶら下がり取材だ。

 インターネットがこれだけ普及し、新聞が速報ニュースで勝負するのはますます難しくなっているなかで、いつまでぶら下がりを続けられるだろうか。そろそろ「勝負の場は速報ニュースではなく、ニュース解説やフィーチャー記事、調査報道」と方針転換し、取材体制を再構築する時期ではないのか。