日本振興銀行の社長に就任した作家の江上剛(本名・小畠晴喜)氏は、旧第一勧銀(現みずほフィナンシャルグループ)出身の元銀行員で、広報部次長を務めていた経歴からマスコミにも知己の多い人である。
最初の作品は、2002年の『非情銀行』。すでに入行から25年を経た遅いデビューだったが、その分、酸いも甘いもかみ分けた年輪を感じさせる作風で読者をつかみ、テレビのコメンテーターとしても活躍している。

そうした人脈と人柄からか、「火中の栗」を拾った感のある江上氏に対する批判は聞かない。逮捕された木村剛元会長のワンマンぶりが広く報道されているだけに、社外取締役が創業オーナーの暴走をチェックするのは難しかっただろうと、受け止められている。
しかし、それでは経営と所有を分離した経営形態の意味がない。江上氏を含め、各分野のプロが5人も社外取締役に就任。
週に一度、執行役などから業務の報告を受け、稟議書にサインし、400万円代(年によって異なる)と少なくはない報酬を得ながら、チェックできなかったのはなぜなのか。
木村体制下で役員に就任していたのは次の5氏である。
・江上剛 取締役会議長で作家
・平将明 創業メンバーで自民党代議士
・三原淳雄 経済評論家
・赤坂俊哉 弁護士
・森重榮 公認会計士
専門家は揃っている。江上氏は作家というよりメガバンクの支店長まで務めた元銀行員の経歴を買われた。平氏は、東京青年会議所の理事長として振興銀の設立に尽力、代議士となったのは設立後のことだ。三原氏は証券出身の経済評論家として知られており、赤坂氏は企業法務の、森重氏は企業会計のそれぞれプロである。
これだけのメンバーが揃っていて、木村元会長のウソが見抜けなかったのはなぜか。
現在、警視庁が捜査中。同時に、特別調査委員会が調査中であることを理由に社外取締役の口は重いが、ある取締役が匿名を条件に次のように語った。
「創業以来、振興銀の課題はビジネスモデルの確立だった。貸出先がなく苦労したのは事実。商工ローン業者の営業債権を買い取り、その顧客への資金提供というビジネスがうまく回転を始めた時、ようやく軌道に乗った気がした。ミドルリスク・ミドルリターンという創業理念を実現できたと思った。
また、その際、中小企業○○機構という目利きの会社を設立、融資保証させることで、銀行と保証会社と顧客が、三位一体となって繁栄できるははずでした。
ただ木村氏は、そうした明るい部分しか提示せず、迂回融資や見せかけ増資は、表に出さなかった」
振興銀グループが特異なのは、中小企業振興ネットワークという木村元会長の手が届く範囲に、すべての企業を取り込んだことである。
高金利を約束、全国に支店網を儲けたことで、振興銀は1日に20億円以上の預金が集まる銀行に成長した。その潤沢な資金をネットワーク企業群にぶち込むのだが、商工ローン業者の顧客か、高利を承知で駆け込む業者が大半で、業績不振企業ばかり。不良債権化は必至で、その際、不良債権の飛ばしや迂回融資が一般化した。
それは報告されなかったのか。
「そんな説明があるはずがない。取締役会にかけられる事業は、『社内ルール』で決まっていた。事業規模なら1億円以上がそれに相当した。目的外使用は認められないから、マスコミで報道されている買い戻し条件付きのSFCGの営業債権の買い取り、増資の引き受けを条件にした融資、ダミーを経由した融資などを通すわけもない」(同)
もちろんプロの集まりだからこそ、「木村帝国」が築かれていることの危惧はあったという。ただ、木村元会長は、金融庁への対決姿勢を鮮明にしている人である。上限金利を始め金融機関の自由度を奪う数々の規制に反発、それを乗り越えることに振興銀の存在意義を見い出していた。
それだけに、木村氏元会長の「新しい金融の形」に異議を申し立てられなかったという。そこには、「敵」と「味方」を峻別する木村氏元会長の強さへの恐れもあった。
「木村さんは、敵と見れば相手にしない人。彼の理想を認めなければ、人間関係はそこで切れた。だから、木村さんの機嫌を損ねないようにつきあうためには、普通の金融とは異なる形を認めざるを得なかった」(同)
歪な銀行形態ではあるが、形態そのものに違法性はない。少なくとも怪しい部分は報告されないということで、取締役会は木村元会長の"暴走"を許してきたのだった。
私にも同様の経験がある。
あるパーティーの席上、SFCG営業債権の二重譲渡問題が騒がれている時だったので、どんな経緯でそうなったかを、大島健伸SFCG元会長との関係も含め、マスコミでオープンにしたらどうか、と誘うと、木村元会長は一言ではねつけた。
「そんなことに意味はありません。二重譲渡された債権の優先権は当行にあります。金融界がウチを悪くいうのは、優れたビジネスモデルを確立したので妬ましいのです。それにマスコミを相手にするつもりはありません。マスコミは害悪でしかない」
もともと強気な人ではあったが、02年から03年にかけて金融庁顧問として木村バッシングを受け、振興銀の代表になると検察がその経営形態に関心を寄せて内偵、マスコミが批判的に報じてからは、その強気が唯我独尊に転じ、まさに聞く耳を持たない状況となった。
いかに「その道のプロ」が5人揃っていても、この人の前で行き過ぎをたしなめるのは難しかったかも知れない。だが、それではチェック機能を持たせたはずの社外取締役の意味がない。ネットワーク企業で行われている飛ばしや迂回については、ネットで内部告発がなされ、経済月刊誌の『FACTA』は、昨年4回にわたって詳細に報じていた。
見方によっては、"立派"な社外取締役は「ワンマン木村」の隠れ蓑だった。江上氏同様、それぞれが経営責任を負わねばなるまい。



