「参院での野党過半数、これは政府を構成する議会の半分に、内閣と異なる『政治権力』が生まれたことを意味する」---。

菅政権の支柱である官房長官・仙谷由人は2007年11月14日の朝日新聞朝刊オピニオン欄に寄稿し、こう記した。
11日投票の参院選で自民党など野党が過半数を制したことは、まさに内閣と異なる政治権力が誕生したことだ。
この「衆参ねじれ」は少なくとも3年間、否、6年間は続く。今回、44議席にとどまった民主党は3年後の参院選で78議席を確保しなければ、過半数の122議席に達しない。
参院の現行選挙制度の下では、こんなに大勝ちするのは絶望的だからだ。ねじれの重圧に菅政権は耐えられるだろうか?
大きく外れたマスコミ予測
私は民主党がこれほどの大敗を喫するとはまったく予見できなかった。
公示の時点(6月24日)で50議席台半ばを読み、投票日直前でも「民主党の第1党は揺るがない」とみていた。民主党の議席が自民党を下回ると気付いたのは投票日の午後、出口調査の結果が入り始めてからだった。
それでも、民主党の議席は40台後半とみていた。午後8時に一斉に伝えられたテレビ各社の出口調査結果でも、日本テレビ、TBSが48、フジテレビ、テレビ朝日が47、テレビ東京が46-だった。NHKは「44~51」と幅を持たせたので"誤報"を免れた。
投票日が近づくにつれ、民主党への逆風がなぜ強まったのか? 事前の情勢報道によって、勝ち馬に乗る心理が働く「バンドワゴン効果」かもしれないが、確証はない。
1998年7月の参院選では民主党と同じ議席で、当時の首相・橋本龍太郎(自民党総裁)は敗北の責任を取ってただちに退陣を表明した。それほど重い結果なのだが、今回は続投を支持する声が大勢を占めている。
これは自民党政権時代、首相・小泉純一郎の後を継いだ安倍晋三、福田康夫、麻生太郎がいずれも1年程度の短命に終わり、鳩山由紀夫も8ヵ月余だったことが響いている。6月8日に首相に就任したばかりの菅直人を1ヵ月余で代えていいのか、と問われると、躊躇せざるを得ない。
しかし、今回、辞めなかったことが菅政権の長期化につながるわけではない。衆参ねじれは、政権の体力を確実に消耗させる。
安倍政権下の2007年7月29日投票の参院選で、与党の自民、公明両党が惨敗を喫し、両党合計でも、非改選を含め過半数に達しなかった。安倍は続投を表明した。しかし、すぐに、海上自衛隊がインド洋で実施していた給油活動を継続するためのテロ対策特別措置法案成立のメドが立たないという壁に直面した。
安倍は、当時の民主党代表・小沢一郎との会談を求めたが、断られたことを理由に退陣した。退陣の真相は体調不良だったが、ねじれによって政府が決定した法案が成立しなくなったことが安倍の心身を痛めつけた。
続く福田康夫は小沢との間で民主党との大連立を模索した。いったんは合意したものの、民主党内の反対でご破算に。翌08年春、日銀総裁人事が2度も参院で否決され、さらにガソリン税の暫定税率も租税特別措置法案が成立しなかったため、一時的に廃止されるなど、政府の実行力は著しく低下した。
当時、自民党は05年の郵政解散・総選挙で圧勝した遺産があり、公明党を含め、衆院で再可決可能な3分の2を上回る334議席を確保していたので重要法案を再可決できた。しかし、院内会派「民主党・無所属クラブ」の議席は現在307議席。3分の2に当たる320議席に満たない。
国会を舞台にした政党政治に変えられるのか
民主党は今後、衆院の優越が憲法上保証されている首相指名、予算案、条約を除くと、1本も法案を成立させられなくなった。仙谷は冒頭に紹介した寄稿で、続けて次のように書いている。
「『動かない政治』は、動かす工夫や努力がないから動かないだけである。官僚の根回しの上に国会議員の活動が展開される、実質的には『官僚内閣制』的な日本の内閣制を、政党が主体となって政権を運営し、国会を舞台としてなされる本来の意味での政党政治に変える好機と認識すべきである。
私たちに今求められているのは『熟議の民主主義』、つまり国会において法案を軸とした開かれた議論を展開する新しい議会ルールをつくり、国民に選択肢を提示し、徹底的な議論を通して合意形成を図っていくことである」
菅政権は、仙谷の言のように、このねじれを「政党政治を変える好機」とすることができるだろうか?
(敬称略)



