セオリー賢者の知恵

2010年07月21日(水) セオリー

中村繁夫[アドバンスト マテリアル ジャパン社長]54歳でリストラの危機から、レアメタルで年商340億円へ

 AMJの社長室は透明のガラス張りになっている。社長の席からは社員の顔が丸見えだ。

「社員の表情を見ていると、ああ、こいつ悩んでるなあ、と分かる。
  するとリスク回避につながるんです。
  向こうは向こうで、こっちを檻の中のトラみたいに見ている(笑)」

 「山師」という言葉をご存知だろうか。イチかバチかを狙ってハイリスク・ハイリターンに賭ける「現代の山師」のようなイメージで、レアメタル専門商社を率いる中村繁夫氏に会うと、イメージを裏切られる。ユーモアたっぷりな前向きな理論家の話を聞いていると、彼が掘っていけばきっと「鉱脈」にぶちあたるような気さえしてくる。勇気が湧いてくるのだ。

 彼の言葉はチャンスをものにするキーワードに溢れている。

「俺たちは沈みゆくタイタニック号を捨て、大きな宝を探す海賊船に乗り換えるんだ」

 これは2002年当時、大阪の中堅商社「蝶理」のレアメタル部門の部長を務めていた中村繁夫氏が十数名の部下を前にして発した宣言である。危機感、気負い、勇気、ロマン・・・それらが混ざり合った印象深い言葉だ。

 会社がレアメタル部門の切り売りを選んだとき、中村氏は「会社に残るか、辞めるか」の二者択一の選択を迫られた。それは事実上のリストラ勧告だった。サラリーマンにとって、これほどのピンチはない。

 このとき54歳。会社に残って定年退職まで待てば、退職金をもらって悠々自適の生活ができる。こちらが一般には安易な道だ。

 ところが、「岐路に立ったら困難な道を選ぶことにしている」という中村氏は、迷わず会社を出ることを決意した。リストラ勧告を「チャンス」と受けとめたからである。

なかむら しげお
アドバンスト マテリアル ジャパン代表取締役社長。
1947年、京都府生まれ。静岡大学農学部木材工業科大学院卒。大学院在学中、世界放浪の旅へ出る。ヒッピーのような生活で35ヵ国を放浪。
中堅商社「蝶理」に26歳で入社。約30年勤務し、レアメタル関連部門での輸入買い付け業務にほぼ従事。54歳でリストラ勧告。
レアメタル事業をMBOで引き継ぎ、2004年、日本初のレアメタル専門商社アドバンスト マテリアル ジャパンの社長就任。著書に、『2次会は出るな!』『放浪ニートが、340億社長になった!』、雑誌「ウェッジ」連載『プラネティストが行く』など 〔PHOTO〕タネイチ(以下同)

 冒頭の勇ましい宣言は、中村氏の「独立宣言」だ。切り捨ての対象になったレアメタル部門を「タイタニック号」に、独立して設立する会社を「海賊船」にたとえ、"中村船長"は一緒に宝物を探す"海賊"を募ったのだ。

 そのとき、部下全員が連判状にサインをした。その後、MBO(マネージメント・バイアウト)という手法を使って会社から事業部門を買い取り、中村氏は独立する。

 こうして日本初のレアメタル専門商社アドバンスト マテリアル ジャパン(以下AMJ)は船出した。

「私の仕事は"探検"ではあるが"冒険"ではない」

アドバンスト マテリアル ジャパンの会社のマークは「ペンギン」。社長の体型をあらわしているそう

 中村氏の薫陶を受けた猛者社員20名は大きなリスクを取りながら、億単位のレアメタルの商談を次々成立させ、携帯電話やハイブリッドカーなどに欠かせないレアメタルの需要の高まりによる価格高騰の追い風に乗り、AMJは会社設立4年目に売り上げ340億円に達した。

 それにしても、リストラ勧告を「ピンチ」とは考えず、即座に「チャンス」と解釈したこの人物は、いったいどういう発想をしているのか。

 仮にピンチをチャンスに変えることのできる方法があれば、誰もが手に入れたい宝物のようなものだろう。

 中村氏ならその宝物の探し方やありかを教えてくれるかもしれない。

洞察力がピンチをチャンスに変える

 岐路に立ったら困難な道を選ぶ。

 どうやらこの生き方に、「ピンチをチャンスに変える」方法論が隠されているようだ。この入り口から宝物の鉱脈を探ってみよう。

「若い頃にバックパッカーで世界を放浪したとき、常にその日その日が右に行くか左に行くかの連続でした」

 中村氏は大学を卒業した22歳のときに海外放浪の旅に出た。約2年間、ほぼ無一文でヒッチハイクを続け、35ヵ国を放浪した。その姿は、当時流行ったヒッピーである。

「安易な道を選ぶと必ずと言っていいほど、病気になったり、金を落としたり、人にだまされたりした。これは経験則ですが、気の緩みから起こったトラブルでしょう」

 人間は気持ちが楽になると脇が甘くなり付け入られやすくなる。実体験に裏づけられたその言葉は、説得力にあふれている。

「ところが、難しい道を選ぶと危機感を覚え、常に神経を研ぎ澄まして前進するんです。そうすると頭が活性化してくる。観察力、分析力、判断力が鍛えられるわけです。すなわち、洞察力が養われる。その結果、ベストな選択ができるようになってきました」

 難しい道を選べば、つまり自らピンチに飛びこんで行けば、洞察力が鍛えられる。さらに使っていなかった能力が開花するのでチャンスが広がる、と中村氏は実体験からルールを学んだ。

無謀な冒険ではなくリスク回避する探検

 ピンチをチャンスに変えるには、視点を変えて見ること、複数の視点をもつことが大切。中村氏の話は、そういう示唆に富んでいる。

世界中を商売で駆けめぐる中村社長は、どの国でもすぐに相手とうち解けてしまう。その原点は大学院生時代の約2年にわたる世界放浪。現地の家に上がり込み、酒を酌み交わし、その国の民謡をともに歌う。海外での商売はそこから始めるのだそうだ

「二つのことを常に考える。たとえば先にプラスを考えたら次にマイナスを考える」

 そうすると人とは異なった発想ができるようになる。また、世界が多様性に富んでいることがわかる。

「『蝶理』時代のことですが、カザフスタンのチタン工場に3億数千万円を融資するとき、役員たちは全員が反対した。

 当時、カザフは建国して間もない国だったので、取引もカントリーリスクを証明するものもない。

 そんなリスクの高い案件にお金は出せない、という理由で全員反対だったけど、私は前例がないからこそリスクを冒しても価値が高いのだ、と思った」

 視点を変えれば、マイナス要素はすべてプラス要素に反転するという一例だ。その後、この融資を会社から引き出した中村氏は、この案件で会社に7億~8億円の利益をもたらした。

 ところで、鉱山開発は「1000分の3(センミツ)の世界」と呼ばれ、成功の確率は極めて低いとされている。中村氏を「現代の山師」と呼ぶ人も多い。

「大衆の生活を見て、価値観を共有するところから商売は始まる」

「どうして山師なのかといえば、確率の少ないことに賭けているように見えるから。でも、その認識は違う。

 みんながわからないだけで、その確率を常に高くしていくさまざまな努力を、裏ではものすごい勢いでやっている。実はリスク回避しているんです」

 つまり、勝てる裏づけがあるからこその挑戦ということだ。

「何の準備もせずに山登りをするのは無謀。でも、私たちはいろんな事態に備えて万全の手を打って山に登るわけです。"探検=投機"ではあるけど、"冒険=博打"ではないんです」

 興味深いのは、他人の目にはピンチに見える状況が、中村氏の目にはそう映っていないことだ。

「たとえば中国。2008年くらいから資源輸出国から輸入国に変わってきた。それで『レアメタルを売ってくれなくなった。困った、困った』という人もいるけど、何を言うてんねん。これまで売り手だった国がモノを買ってくれるお客様になる。これはチャンスやないか、と。しかも、世界でも有数の輸入大国に大転換する可能性があるのに、チャンスがゴロゴロ転がっていると何で思えないのか。ワクワクしない方が私には不思議です」

 中村氏のこの発想から、状況は変わらなくても、視点が異なればピンチはチャンスに見えるというルールが見えてくる。激しい「向かい風」も背を向ければ、一瞬にして幸運の「追い風」になる。海賊船の船長でなくても使える方法論である。

「文化が分からなければ、その国で商売なんかできません」

自身の能力を活かせる世界を見つける

 AMJには、最も成績の悪い社員が毎年一人辞める、という決まりがある。

「会社に永住することが幸せであるとは限らない。その人にはその人の適性があるわけですから。

 各自の能力は全部異なるのに、どうして小さな会社の価値観に押し込めて、『おまえは仕事ができる』とか『できない』とか言っているのか。そんな小さい話はするな! と言いたい」

 リストラされることは社員にとってピンチだ。でも、社長の助言に「気づき」を得て、自身の適性を理解し、能力を思う存分発揮できる環境に行けば新たなチャンスが広がる。

 中村氏は辞める社員に転職先を紹介することも多い。外国人の社員には日本での保証人になる。その家族どころか親戚一族郎党の保証人にもなって面倒をみてきた。一度も会ったことがなくても、だ。

社長室のあちらこちらにさまざまなレアメタルが転がっている

 さらにユニークなのは、会社に出戻りができることだ。これまで3回も戻ってきた社員もいるという。それを歓迎するというのだから、懐が深い。

「帰ってくる度に大化けしてくる人がいる。成長する限り私は助けます。でも、指示待ちしているようではダメ、『人生の大河ドラマの主人公はお前やで!』と、いつも社員には口を酸っぱくして言うてるんです」

 中村氏は人を育てるには、仕事の環境づくりが大事だと考え、社員には「1日100万円までなら損してもよい」と告げているという。

「前向きの向こう傷は大歓迎です」

 出戻り自由。しかも失敗してもよい範囲が与えられている。ただし与えられた裁量に対する責任はきちんと果たさなければいけない。

 ここにルールを見つけるなら、自分の能力を活かせる環境を間違えずに選択できれば、失敗をチャンスに変えやすくなる、その可能性が高まる、ということが言える。

「生き残るのは"強さ"ではなく"環境に適応した"会社」

環境に適応すればピンチは回避できる

 AMJの標語は2008年まで「右手にソロバン、左手にロマン、背中にガマン」だった。中村氏らしいユーモアのあるスローガンだ。それが2009年から「ひっそり、こっそり、しっかり」に変わった。

「リーマン・ショックによって世の中に自粛ムードが広まり、デフレ経済になって環境がすっかり異なってしまった。こんな時期に『儲けてやる』なんて大声で言ってる奴はアホですよ。戦争なら敗走の戦いになっているわけです。だから戦い方を変えなくてはいけない。そのことを全員にわかりやすく伝え、膨張政策を止めるためには、忘れにくい標語が必要です」

 風向きが大きく変わった。ビジネスを取り巻く環境が変わった。だから標語を変えた。

「ダーウィンの進化論は会社にも当てはまる。今のような悪い経済環境の中でも生き残れるのは、強い者ではなく、環境に適した者なのです」

 他の船が大波に飲まれて沈没しても、環境に柔軟に対応できる海賊船であれば問題ない。たとえば嵐のときは潜水艦に変身してピンチを回避し、ひっそりこっそりと深海を進むという手もあるのだ。

 今は、再び起こる資源インフレのタイミングと57種類あるレアメタルの銘柄を見極め、大勝負の時が来るまでに十分な準備をしているときだそうだ。「こっそり」には

「人にわからない商売がまだある。中国だけじゃなくて、誰も買い付けに行ってないところがまだまだある。だからペラペラしゃべらんでもええぞ、という意味もある」

「朝起きたら"Wii Fit"で運動する。こんな風にな!」と実演する社長。サービス精神たっぷりなのだ

  と、中村氏は笑う。

 また、「ひっそり」には、「多少苦しくても歯をくいしばってがんばれ」という意味が込められている。

 この標語は過去の成功体験にしがみつくことなく、「注意深くピンチを回避し、虎視眈々と獲物を狙い、そしてしっかり確実に仕事をものにせよ!」と、ボスが小声で発した指令だろう。

「ま、そんなところですか」と笑って答えたあと、中村氏は話の舵を別の方角に切った。

「・・・家を担保に入れるのも、いろんな人の保証人になるのも、つきつめれば覚悟と使命感があるから。そして、将来起こりうる困難な出来事をピンチと見るのか、チャンスと見るのか、その違いなんです。これらがあるから私は、行動を起こし、多くの経験を積んで、洞察力が高められていった。まずは一歩踏み出すこと、そうすれば人生は確実に変わります」

 28年間のサラリーマン生活と、会社を設立してからの7年間の経営者としての生活を振り返って比較すると、社長を務めた7年間のほうが10倍ほど人生の濃度が濃いそうだ。

「現在のほうが頭脳が全回転している。しかもこれまでとぜんぜん違う頭脳を使っている実感がある。アドレナリンやドーパミンがドクドク出ている感じや!」

 それはあえて困難な道を選んだ結果、洞察力がますます冴え続けていることの証明だ。そこには「人生の充実感」という、得難い「宝物」がある。

[取材・文:倉田隆則 編集:新井公之]