アマゾンが欲しがった靴のネット通販経営者はツイッターフォロワー170万人をどう生かしたか---。
Zappos(ザッポス)というアメリカの会社の名前を耳にしたことはあるだろうか。
この会社が、いま全米を沸かせている。『フォーチュン』誌が選ぶ「働きがいのある企業100」ランキングで15位となり、'09年、アマゾンが約12億ドルで買収した。
巨額を出してまで欲しいものをザッポスで作り出したのがCEOのトニー・シェイだ。彼を訪ねてザッポス本社のあるラスベガスへ飛んだ。
アマゾンが買収してまで欲しがった"企業文化"
アメリカのネット通販会社「ザッポス」の本社は、ネバダ州のラスベガス市街から南にクルマで25分のヘンダーソンという砂漠に囲まれた町にある。社屋は白い低層のビルで、社屋の周りには緑の木々が植え込まれ、強い陽光にきらめいていた。
このザッポスのメイン商品は靴で、商品はオリジナルではなく、アディダスやリーボックといったおなじみのラインナップだ。他にも洋服、バッグ、時計など約900ブランドの扱いがある。
ザッポスの名前を日本で知っている人がいるとしたら、それは2009年にアマゾンが約12億ドルで買収した会社としてだろう。これは事業拡大に積極的なアマゾンにおいて、これまでで最大の買収案件となった。しかも"この買収は、アマゾンでなくザッポスの勝利"という報道がアメリカでは多い。
それはなぜか。アマゾン傘下でも現経営陣がそのまま残留し、これまでどおりの企業文化で社名も本拠地も変更なし、ということが約束されていたからだ。
アマゾンの傘下となった直後の社員総会で、トニーは、社員全員にキンドル1台と年収の40%の特別金を支給すると発表した。総額4000万ドルと制限付き株式を全従業員に分配したのだ。拍手と歓声でどよめくあちこちの社員の顔には感激の涙がつたっていた。舞台の上に立っていたトニーの思いも頂点に達していた。
Tony Hsieh台湾系アメリカ人の第2世代。イリノイ州生まれ。5歳でカリフォルニアに家族と転居。3人兄弟の長男。
ハーバード大学でコンピューター・サイエンスを専攻、学位取得。
ネット広告企業、リンクイクスチェンジ社を立ち上げ、マイクロソフト社に2億6500万ドルで売却。
その後Zappos.com CEOに。36歳。独身〔PHOTO〕Jamey Kirklin,Greg Warden(以下同)
「その瞬間、時間は止まってしまったようでした。皆が一丸となって、利益と情熱と人生の目的が結合したビジネスを作り上げたのです。それは単なるビジネスではなく、我々はもちろんのこと、すべての人に幸せを配達するという独自のライフスタイル(生き方)を作り上げることでした。その日はその考え方が正しいと証明された日だったのです」
ザッポスは、『フォーチュン』誌が選ぶ「働きがいのある企業100」ランキング'09年度に初めて23位にランクイン。翌'10年度には、ITの巨人『グーグル』が前年の1位から転落するのとは対照的に、15位へとランクアップした。アマゾンに買収される前から注目の企業だった。
しかし一見、地味な業態にもかかわらず、そこまでザッポスが人気を呼ぶのには、どのような理由があるのだろうか。そのポイントをトニーは簡潔に答えた。
「大事なのは"企業文化"です。まずは、サービスをコアにした企業文化を築いて育むことから始める。そうすることによってはじめて成果が得られるのです。つまり私たちは『たまたま販売業をしている』、サービス・カンパニーなのです」
ザッポスが他の通販会社と大きく異なるのは、電話で顧客からのオーダーや質問、リクエストを積極的に受け付けていることだ。コンタクトセンターは24時間年中無休で受け付けている。ネットで通販をしている会社にとって、電話は極めて非効率的で対応にコストのかかる部門なのだ。
しかし、ザッポスはここに長期的成長のカギがあるという。コストではなく投資として考えているのだ。
アマゾンは、潤沢なキャッシュフローと株高に助けられて、独自展開ができない分野に関しては、外部企業をこれまでもどしどし買収してきた。これはアマゾンCEO、ジェフ・ベゾスが明言して実行している戦略でもある。DTPやキンドル関連事業などその企業数も多い。
しかし、ザッポスは、本やエレクトロニクスのような商品ではなく、IT化だけでは処理できず、人の介在が必要な靴などの"情緒型商品販売"のノウハウに独自性があった。そのサービスを核にしたマンパワーと経営力こそアマゾンに足りなくて、欲しかったものだ。

だからこそ、買収しても何一つ変えることなくザッポスはザッポスであり続けることになったのである。
カスタマー・サービスは部署ではなく"会社の使命"
さて、そのトニーが描く企業文化の総本山である本社に入ってみると、そこは確かにある種の楽しさに満ちていた。社員は、二の腕の大きなタトゥー、鼻や唇につけたピアス、色とりどりに逆立てた髪も目立つ。服装も実にラフだ。本社の見学者のために1日4回の社内ツアーが巡回するのだが、訪れる人の数もうなぎのぼりで、毎日平均100人以上が押し寄せるそうだ。
ツアー客に社員は笑顔で話しかけてくる。訪問の記念にポラロイド撮影する部屋まであった。会社という場所を社員が楽しくクリエイトしているのがよく分かる。
トニーは現在36歳、シンプルでラフなTシャツ姿の物静かな男だ。正装をする必要のないときはいつもこの格好だという。彼のスケジュールを聞いてみると、
「今朝は会社のカフェテリアでピザを自分で作って皆に食べてもらったんだ。スケジュールは毎日大きく変わっていて、最近はザッポスの企業文化に関する講演をして欲しいと呼ばれて、旅行に出ることが多いんです」という。
若い頃から起業家精神旺盛で、ハーバード大学入学以前のハイスクール時代もスモールビジネスの工夫で小遣いには困らなかったそうだ。
「大学時代は学生寮にピザのグリルを開業して稼ぎました。ビジネスセンスは台湾系の両親の影響か、ですって? いや違います。父は化学工学者で母はソーシャルワーカー(社会福祉士)ですから」
大学卒業後、オラクルに入社したが、退屈な仕事に飽きてすぐ退社。1996年、ウェブ広告を扱う会社『リンクイクスチェンジ』を創設してアッという間に成功を収め、'98年にはマイクロソフト社に2億6500万ドルで売却した。そこで得た資金で当初はアドバイザー兼投資家として'99年に産声を上げたばかりのザッポスに2000年から関与し、'99年から'08年の9年間で年商10億ドル企業に成長させた。
ザッポスは、創業5年後に、社員約90名中75名を引き連れて、本社をカリフォルニア州のサンフランシスコから、ネバダ州のラスベガスへ移している。
(右下)ザッポスの訪問者が記念撮影するための部屋。兜は日本人見学客が、御礼にあとで送ってきたそう最大の理由はカスタマーに24時間電話対応するには、各社のコールセンターが立地している不夜城ラスベガスが抱える人的資源と環境が必要と判断したためだ。それがコア業務だから、他社によく見られる海外へのアウトソーシングなどは最初から論外だった。
「他の会社には"カスタマー・サービス"という部署がよくありますが、ザッポスにとって顧客サービスは"会社としての使命"そのものなのです」
同じネット小売業ではあるが、人間のサービスは、ハイテクがフリクション(摩擦)を排除できないときにのみ出番となると考えるアマゾンは、ITシステムの作り込みに注力して、今では誰もが認める見事なインターフェースを作り上げた。
一方のザッポスは、「ワオ! (Wow!)」と叫び出すような顧客との感動共有を目指していて、アプローチが180度違う。その端的な違いは、アマゾンのサイトには直接コンタクトするための電話番号がなかなか見当たらないが、一方のザッポスのサイトには一番目立つ場所に電話番号が大きく記載されていることにも表れている。
ネット上だけの通販ビジネスは、人と関わりなく無味乾燥な取引になりがちだが、あくまでも個々の顧客との信頼関係を深めることで、ここまで急速に飛躍できたのだ。
トニーら役員の席が並ぶ通称"モンキー通り"。見学客に「ここは役員席です」と説明しても反応がないため、ある日「ここはサル山です」と言ったらバカ受け。以来、飾り付けもジャングル風となり現在に至る「だからザッポスでは、ケンタッキーの配送センター(従業員1189人)以上に、ラスベガスの本部871人の従業員中の半数を占めるコンタクトセンターが文字通り企業の生命線なのです」
顧客対応には、電話のみならずメールやライブチャットによるコンタクトも含まれる。ザッポスらしいのは、各社員の自由裁量が100%認められ、一顧客処理時間の上限などの行動指針は最初からないことだ。売り上げノルマもない。
必要なのは、客の靴選びへの心のこもった真摯な対応であり、「幸せのデリバリー」を感じさせてお客をリピートさせることが最終目的だ。
だからコストのことなど考えずに、肉親の死を嘆く顧客に手書きのメッセージを添えた供花を届けたり、客ひとりへの対応に6時間もかけたり、というサービスを各社員たちは積極的に行っており、会社もそれを奨励している。そんな丁寧な対応が客の心をしっかり掴み、購入者の75%が今やリピート客である。
靴は何足注文しても配送料無料。戸外で使用しておらず、再販売可能な状態ならば365日以内の返品可。その返送料もザッポスの負担である。今では他社でも行っているサービスだが、これを最初に実行したのがザッポスだった。
「店で靴を何足も試して合わなければ店に戻す。それと同じです。試着料など取る店はありません」
核となる価値観は絶対に揺るがせない
前述したように、マイクロソフトにリンクイクスチェンジが一見成功裡に売却されたとき、社員は100人余にふくれあがっていた。
当初5、6人の立ち上げ時に味わった、時間や曜日を忘れて仕事に没頭し、デスクの下で眠りこけるような圧倒的な興奮の日常はすでに消えさり、その頃トニーには、毎朝、目覚まし時計の音を何度も消してはベッドに潜り込む一種の"出社拒否"状態が続いていた。
「もう会社が楽しくないことに気づいたのです。自分が作った会社に行きたくないというのは不思議な感覚でした」
結局それがリンクイクスチェンジの売却につながった。利益を追求する情熱はあったが、文化がなかった。生きる意味の追求がなかった。親しい友人に会いに行くように今日も会社に気軽にでかける、というような企業文化は作れないものだろうか?
そこでトニーはザッポス全社員にメールを発し、"ザッポニアン(ザッポスらしい人のこと)"とはいかなる人なのか、という意見を求めた。それぞれが理想のモデルとする仲間の特性を手がかりに挙げた定義はまず37項目に集約された。
それがさらに煮詰められて'06年2月、10項目に昇華された。トニーと全社員にとって一年がかりの作業だった。この"コア・ヴァリュー"こそが最も重要な独自の企業文化として、今に至る入社選考、社員教育、解雇などすべての基準となるザッポスの黄金律となったのである(ザッポスのコア・ヴァリュー10項目は8ページ参照)。
「いくらザッポスにふさわしいスキルの持ち主でもこの文化に合わなければ入社できないし、またいくら仕事で優れた実績をあげてもこの文化基準に合わない人は解雇されます」
とトニーは語る。
この企業文化は人間個人に照らして考えればその性格のようなもので、変わることがない。企業にとって文化は人間の性格がそうであるように、宿命なのだ。
「ザッポスの成長に伴って事業の定義や戦略は変わるでしょうが、コア・ヴァリューはいつも同じであって欲しい。社員一人ひとりがこのコア・ヴァリューに基づいて毎週何か一つを改善できれば、この会社には1年間で5万もの小さな変化が起きることになる。まとまれば大変革につながるでしょう」
ハーバード卒業後、弱冠24歳で巨億の財をなした青年が、それに満たされず、次は人生の意味の実現をサービス業に求めたからこそ生まれた必然の所産、それがザッポスの優れた企業文化と言えるのかもしれない。事実、トニーの年収は、CEOにもかかわらずわずか3万6000ドルと驚くほど安い。「わたしの場合、仕事は金が目当てではない。自分の生きがいのためにCEOをやっているのです」
社員が成長と学びを追求することができる会社
金のためでも肩書のためでもなくサービス・ビジネスを天職として自己実現をはかるという企業文化は、コア・ヴァリューの「成長と学びを追求しなさい」という一項を重視することに繋がっている。
たとえば、通常、コールセンター業務は時給払いの単純労働である。キャリアとしては、管理職になってようやく昇給できるぐらいの展望しかない。
しかしザッポスでは中核部署である。有能で生きがいを感じる人が収入面で悩まないよう、また自己実現の道を広げるためにザッポスではチャットやEメールなど17の「スキルセット」を設け、スキル習得に基づく昇給を可能にしている。
自分の好みにあわせてスキルを選び、こつこつマスターしていけば時給が上がり、専門職として管理職以上の収入を得ることも可能だ。
またザッポスでは、全社的なリーダー養成プログラム「パイプライン」が全部署で稼働している。電話の応対から始まる4週間の新人特訓からザッポス社史、コミュニケーション、コーチング入門、リーダーシップ特講、スピーチ、文法及びライティングなど20以上のクラスが用意され、講師は社内から選抜されたチームである。
個々の社員が辞めても社内補充を可能にするシステムということではパイプラインそのものが、ザッポスのブランドや企業文化に並ぶ資産となるはずだ、とトニーは考えている。自分がいなくともザッポスがリーダー不在にならないように、ということなのだろうか。
「鳥の群れは、リーダーが合図するわけでもないのに一斉に方向転換して混乱がない。そんな組織がいいと思うのです。鳥の群れはヒエラルキー型ではなく特定のリーダーが一羽いるわけでもない。
しかし鳥は仲間と同じ速度で飛びながら、ぶつからないように集合し続けるだけでキレイな方向転換もしてみせる。個々の鳥の本能です。企業文化がその本能のような役割を果たせたらいい、と思うのです」
トニー流ツイッターを最大限に活用する法
ブランドなるものの中身は、要は商品への消費者の信頼感だから、大量宣伝すればそれだけでブランドが確立するというものではない。それよりも個々の消費者間の評判が決定的であり、インターネット時代では、クチコミがカギだ。
ザッポスでは"ツイッター"が有効に機能している。トニーのツイッターには、社内に500人以上のフォロワーがいて、個人レヴェルでの濃密な交流に役立っているが、外部には現在約170万人のフォロワーが付いていて、ザッポスという企業ブランドの定着に絶えず貢献している。そのことについてトニーはこう語る。
「ツイッターのひとつひとつは一見あまり意味のないつぶやきみたいに見えますが、これは(新印象派の画家スーラの)点描画法みたいなもので、積もり積もった点の集合体がひとつの絵になるように、ひとつひとつのつぶやきが集積されていくと、意外なほど、発信者の個性が明瞭に見えてくるものなのです。点が集合して見えてくる一枚の絵、これが私のブランドなのだと思います」
「私のブランド」とは即ザッポスのブランドである。ツイッターを企業宣伝など戦略的に使うような安直なスキルを説くIT専門家もいるが、そんな考え方では揺るぎないブランドは形成できないし、170万人もの人の心は掴めない、ということだ。トニーは、人格形成の意義すらツイッターにはあると言う。
「不断に誰の目にもさらされている透明な存在として、ツイッターはまず、自分はいかなる存在でありたいのかをいつも自問する事につながる。2番目に、現実を違ったフレームで見ることが促される。三つ目に、他の人の人生にポジティブな影響を与えようという気持ちが強まる。四つ目に、人生の小さなことに気づき、それに感謝することが多くなるのです」
ベゾスと一緒に見る夢? 宇宙旅行とザッポス
今後ザッポスはどのような展開を見せていくのだろうか。
ザッポスの企業文化があらゆるサービス産業に適用できる普遍性を内在させていることは今や誰の目にも明らかだ。気の早い顧客からは航空産業やホテルビジネスに、ザッポスの「Wow!」を持ち込んでほしい! とリクエストをされることが多いとトニーは言う。そんな日がくることもあるかもしれない。
アマゾンのCEO、ジェフ・ベゾスはテキサス州に広大なロケット基地を建設済みで、すでに打ち上げ実験を何度も繰り返している。地球周回の宇宙旅行ビジネスに本格的に踏み込んでいる。
これはベゾスの学生時代からの夢で、単なる金持ちになったからの思いつきではない。「アマゾンはベゾスにとってはそのビジネスのための資金稼ぎ」と説明する事情通も複数いるほどなのである。
トニー・シェイは2010年6月に『Delivering Happiness』と題する本をアメリカで出版するが、発売前からすでにAmazonで上位に民間人を宇宙飛行士に仕立てて、小型宇宙船に乗るのに数千万円を支払っていただき搭乗させて、青い地球を目の当たりにする、という至高の体験を味わってもらうためには、スーパーハイテクノウハウと同時に、高額なダイヤモンドを売る以上のハイタッチなマーケティング、顧客サービスが欠かせない。
ヴァージン航空の会長、リチャード・ブランソンが宇宙ビジネスではアマゾンよりやや先行しているだけに、ベゾスは航空業界にトニー・シェイのカスタマー・サービス力を持ち込んで、その延長で、航空宇宙ビジネスの一翼を担わせる深謀も感じられる。
この点をトニーに聞くと、大きく笑ってこう答えた。
「ジェフとは、あまりそこまで深い話はしてないのです。でもそうなればいいですね」
彼も、航空業界への進出に関しては、これまで度々、興味があると発言してきた経緯がある。航空業界経由での宇宙旅行ビジネスの筋は、意外に近い将来、現実のものとなるかもしれない。
社員同士でヘアカットするイベントが毎年行われる。刈られているのはトニーCEO。剃った髪を人毛かつらを作るのに役立てるため、小児癌の支援団体に寄付する社会貢献でもあるが、"ちょっと変わっていて楽しい"のが大事なことだそう
〔取材・文:松村保孝 編集:新井公之〕
取材時に出会ったザッポスの社員"ザッポニアン"たち。カメラを向けると、いずれもサービス満点だ


