FRIDAYスポーツ

2010年01月09日(土) FRIDAY

告白・松坂大輔「謝罪します」
「太り過ぎ」「限界」…怪物が初めて明かした「ホンネ」

 インタビューは、のっけから衝撃事実の告白で始まった。

人差し指に光るはWBC優勝リング。連続MVPのカゲには不安、焦り、自責の念との孤独な戦いがあった〔PHOTO〕ジジ

 「'09 年の1月早々、右足の内転筋を痛めました。僕は投球フォームの中でも股関節まわりの動きを重要視していて、'08 年の冬から新しいトレーニングを練習に取り入れていたんです。自重―自分の体重を使って、股関節に徐々に負荷をかけて鍛える、というものです。一気にやるとケガするというのは十分、分かっていた。その日は、本当に微妙なところだったんですけど、ギリギリのところまで負荷をかけていくうちに、行き過ぎてしまったっていうんですかね……。痛みより、何やってんだオレ、これからドンドン仕上げていかないといけない時に、何、自分でケガしてんだ、と自責の念と不安でアタマが一杯になりました……。これが『原因』です」

 もちろんそれは4勝6敗、防御率5.76とプロ入り以来、最低の成績に終わった「原因」を指す。'09年の幕があけて早々、重大危機が松坂大輔(29)を襲っていたというのだ。

 「WBCを辞退しなければいけないほど重症なのか、見極めなければならなかった。でも、体は動く。消炎剤を飲めば、痛みも抑えられる。だから、トレーニングを続けました。実際は走るのもしんどかったんですが……」

 当時のスポーツ紙の記事を見ても「故障」の文字は見当たらない。イチローの神戸での自主トレに参加した話が目立つ程度だ。

 「シーズン終了後、イチローさんから電話がかかってきて、『お前、カラダ大丈夫だったのか?』って聞かれました。どこかで僕のケガの話を耳にしたんだと思います。続けて、『お前、あん時(神戸での自主トレ)は?』ときたので『もう、ケガしてましたよ』と答えたら、『言えよ! お前、そんなんで(WBC)やるなよ!』って怒られました(笑)」

誰も知らない孤独な戦い

 自主トレはまだしも、2月には侍ジャパンの代表合宿が行われた。野手のイチローはゴマかせても、山田久志投手コーチら首脳陣はケガに気付かなかったのか。

「WBCに間に合うかどうかも不安だったのにケガしてしまい、不安ばかりが大きくなる日々でした」(松坂)

 「気付かれたくなかった。変に気を遣われたくなかったんです。トレーナーにも話さなかった。幸い、練習の進め方は任されていたので、痛みがキツい時はペースを落とす、という具合に調整できたんです。問題はピッチング。痛みを抑えていても、体がどこかで危険を察知してセーブしてしまう。だから、突っ立った状態で、腕だけで上から投げるようなフォームになるんです。

 さすがに気付く人はいて、『フォームを変えたんだ?』って聞いてくる解説者の方がいました。そこはゴマかしましたけどね。妻(倫世夫人)にも言いませんでした。余計な心配をかけたくないから。ただ、後から聞くと、僕の様子が普通じゃないので、ハラハラドキドキしていたらしいです(笑)。消炎剤は寝ている間に切れるため、朝起きると激痛に襲われる。あの頃は毎日、やるか辞退するか、一人で悩んでいました」

 本誌はちょうどこの時期、松坂にインタビューしているのだが(3月20日号)、撮影していたカメラマンのジジ氏は異変に気付いていた。2時間近く正座していた松坂を見て、「股関節が悪いのでは」と訝っていたのだ。

 「胡坐をかくと痛くて……かといって、・体育すわり・じゃヘンですしね(笑)。でも、もしあの時、ケガについてツッコまれていたとしても、否定したと思います」

 そうして迎えた3月のWBC。今思えば、確かに松坂は本調子ではなかったが、キューバ、アメリカら難敵相手に3勝を挙げ、終わってみれば2大会連続のMVP。

 「いや、でも大変でした。アタマと腕だけでできることを必死で考えてました。自分の中のあらゆる引き出しを引っ張り出してきて。間を長くとって投球リズムに変化をつけたり、ふだん投げない・抜いたスライダー・を使ってみたり。世界一になれて、まずホッとしました。嬉しかったけど、チームをぶっ壊すことにならなくてよかった、という気持ちのほうが大きかった。投手陣は年下ばかり。僕は結果だけではなく、内容も問われていた」

 調子がイマイチでも、結果的に抑えちゃうんだから、怪物はすげぇよな―本誌も含め、世間の松坂評はそんなモノだったのではなかろうか。だが実際は、誰も気付かないような細かいワザを駆使して、死に物狂いで抑えていたのである。ただ、小手先の技術で勝たせてくれるほど、シーズンは甘くなかった。

 「WBCが終わった後は、『シーズン通して投げていく中でケガを治す』というプランを描いていました。しかし、いくら投げても状態が上がってこない。1回目のDL(故障者リスト)入りから復帰した5月は自分に嫌気がさしました。休ませてもらったから、肩は元気です。だから、上半身の力だけでスピードは出る。出るんですが、下が使えないから、腕が振れない。投げたいストレートが投げられない。その結果、直球が走ってこその組み立てができなかった。今思えば、WBCの時の精神状態で長丁場を乗り切るのは無理があったんだと思います。でも、春先はレッドソックスの状態が悪かった。だから、何とかしてチームの力になりたいと思ったんです」

 だが、そんな事情を知らないメディアは、「三流に成り下がった」「才能だけで投げてきた限界」「燃え尽き症候群」「太り過ぎ」と猛烈な松坂バッシングを展開。ついにはファンまでもが「日本へ帰れ」「日本が高額年俸を負担しろ」と攻撃を始めた。

今オフは2週間ほど日本にいただけですぐに渡米。温暖な米・アリゾナの地でリベンジに向け、練習開始!

「批判されたほうがマシ」

 「太ったのは、ケガで走れなかったことがすべて。どれだけウエート・トレーニングをこなしても、走れないことにはカラダは絞れないし、キレも出てこない。ただ、痩せたから、絞ったからといってパフォーマンスが上がるって問題ではないですよね。痩せて野球が上手くなるなら、いくらでも痩せますよ! そんな簡単な話じゃない。解説者はアラ捜しするのが好きですけど、本当のことを分かっている人はほとんどいなかった」

 著名な野球評論家やバッテリーを組んだことのある捕手らが「太り過ぎ」説なら、母校・横浜高の渡辺元智監督、小倉清一郎部長ら恩師たちは「フォームの異常」説だった。

 「部長には6月の2度目のDL入りの時に、ケガのことを話しました。そしたら、『そういう理由なら安心した。シッカリ治して戻って来いよ』って。部長は僕が手抜きして・手投げ・をしていると思っていたんです。プロ入り当初から、ちょっとでも手投げしようもんなら、『お前、楽して投げてんじゃねえ』ってすぐ電話がかかってきましたから」

 それにしても、だ。松坂が真相を話さないため、レッドソックス首脳は不調の原因をWBCと断定。調整法を巡って球団と衝突し、フランコナ監督が激怒する事態に発展した。

 身内であるトレーナーや家族に言わないことは百歩譲って理解するとしても、球団にまで秘密にするのは解せない。正直に話をして自分の身を守らないと、DL入りどころかチームから放出される危険もあった。

 「……アメリカ人だったら、そうするでしょうね。でも、日本人って違うじゃないですか?武士……じゃないですけど、弱みは見せねぇ、みたいな(笑)。言い訳がましくとられるぐらいだったら、批判されたほうがマシだと思ってました。ナメられたくないじゃないですか。それに、繰り返しになりますが、気を遣われるのがイヤなんです。本当に病人(ケガ人)になってしまう気がするから。心配してくれるのはすごくありがたいんですけど、『ケガのないように』と言われることすら、僕はあまり好きじゃない」

 メジャーの怪物たちと一人で戦う松坂。原辰徳監督じゃないが、彼は・強いお侍さん・そのものだった。自己ワーストの'09 年シーズンだったが、確かな光明も見えた。

 「球団とモメたのは、大きな出来事でした。肩の筋力とスタミナは別だということを理解してもらえた。筋力値さえ一定の数字をクリアできていれば、メジャーではタブー視されている投げ込みをしてもいい、ということになった。2度目のDL明け以後、好投(3勝1敗)できたのは、内転筋をしっかり治療したうえで、投げ込みをしたからです。痩せたからじゃないですよ(笑)。内転筋を痛めたあのトレーニングも再開しています」

 読者に一言―と振ると、松坂はそれこそ武士のように記者に向き直り、力強く語り始めるのであった。

 「心配かけて、すみませんでした。ただ、これまで話したとおりなので、来季は大丈夫です! 体が健康であれば、しっかりとしたものを残せる自信はあるので、'09 年のぶんをしっかり取り返していきたい。そしてもう一度、世界一になれるよう、頑張ります!」