週刊現代経済の死角

2011年06月07日(火) 週刊現代

錯乱する総理大臣 病院で一度見てもらいましょう
周囲がみんな心配しています

〔PHOTO〕gettyimages

「注水を止めろ!」という菅直人総理の指示を、「現場判断」で公然と無視し、ニセの文書まで作って官邸を欺き注水を続けていた---。かつてこれほど侮られ、軽視された政府があっただろうか。

 しかも東京電力福島第一原発の吉田昌郎所長は、指示を受ける半日前に直接菅総理と面会し、言葉を交わしている。おそらくその段階で、「この人の言うことは聞く必要がない」と見切っていたのだろう。

 原発事故発生当時、菅総理はそれほど混乱し、錯乱していた。

 5月26日15時、東京電力は単独で緊急会見を行い、前代未聞の事実関係を明かした。事故発生直後の3月12日夕方、官邸ら「再臨界の可能性がある。海水注入を止めろ」という指示を受けたにもかかわらず、吉田所長の独断で注水を継続していた、という。

 会見に立った武藤栄副社長も、「注水継続の技術的な側面については、議論の余地がない」

 と吉田所長の判断をかばった。東電は吉田所長の判断を是とし、総理の指示がいかに的外れだったかを暗に指摘しているのである。

 一連の事実経過について、経産省幹部A氏が本誌に提供した1通の極秘メモがある。

 メモは、「3・12の東京電力福島第一原発1号機への海水注入に関する事実関係」と題され、この日、官邸で何があったのか、分単位で細かい事実関係の推移がつづられていた。

〈3月12日 18:00~18:20頃 菅総理から、海水注入による冷却実施についての検討、指示が各所に出る。

 総理指示で、原子力安全委員会、同保安院などが検討することになったとされるが、実際には、班目(春樹)原子力安全委員会委員長、官邸詰めの武黒(一郎)東電フェローらが、「再臨界の可能性は極めて低い」と菅総理に進言しても、まったく無視された。

 菅総理は、「彼ら(班目氏ら)の言うことは信用できない」

 と、官邸の執務室に籠もり、知識のありそうな「内閣参与」の話を聞いたり、自ら電話をかけていた。(総理は)興奮状態で、側近の報告が耳に入らないようだった。その一方で、検討の指示と相前後する形で、海水注入命令が出た。

 総理はそれを「知らなかった」〉

現場の足を引っ張る総理

 このメモの記述について、経産省幹部A氏が解説する。

「福島第一では全電源が失われたことで核燃料が溶融し、地震発生からほぼ1日後の12日15時36分に1号機で水素爆発が起きた。とにかくすぐに水を入れて燃料を冷やす必要があったが、注入できる淡水はまもなく底を尽き、そのあと注入できるのは海水しかない。絶体絶命の危機に陥ったんです。

 実は海水注入について、もっとも判断が早かったのは、福島第一の吉田昌郎所長でした。メモによると、水素爆発の40分前の14時54分には、福島第一の対策本部から『準備が整い次第、海水を注水します』という報告が東電本店に届いています。東電本店からは15時18分に原子力安全・保安院にファックスが届き、海水注入の準備に入ったと連絡してきた。つまり、1号機が水素爆発を起こす以前に、現場は『海水を入れるしかない』と腹をくくっていたんです。

 ところがここからが問題だった。海水注入の是非についてすぐに判断できず、官邸が大パニックになっていたんです」(A氏)

 A氏のメモにも、〈現地が混乱、海水注入の準備中断。この後、2時間ほどは、各所の動きが不明〉となっている。現場が準備を整えていたにもかかわらず、「空白の2時間」を浪費したのである。

 なかでもとくに混乱していたのが、菅総理だった。

「菅総理は、海水注入の是非について海江田(万里)経産相に検討を指示し、班目氏ら安全委員会の専門家に『海水を入れて大丈夫なのか!』と聞いた。ところが、『再臨界の可能性はありません』という答えに満足せず、執務室にこもり、知人の科学者に電話をかけまくって自分で調べようとした。

 その間に、海江田経産相ルートで、いつのまにか『海水注入』の指示が出てしまっていたんです」(A氏)

 この経緯の意味するところは重大だ。官邸スタッフが「機能停止」に陥った菅総理を半ば見限り、「これ以上放置すれば炉心が持たない」と見切り発車で海水注入を指示したということだからだ。

 メモにはこうある。

〈18:05 官邸から、電話で「海水注入をしろ」との海江田大臣の命令が東電対策本部に入る。東電側の問いに対し、「原子炉等規制法に基づくもの。命令文書はこの後届ける」と回答。東電は現地(福島第一)に命令が出たことを伝える〉

 5月21日の会見で細野豪志・総理補佐官は、18時5分の命令を、

「海水注入の準備指示だった」

 と発言している。しかし、東電側は、「海水注入の指示命令だった」と主張しているという。

 19時4分の海水注入後の連絡についても、政府と東電の認識は食い違っている。

 東電側は「注入を口頭で保安院に連絡した」としているが、保安院は「(連絡を受けた)記録が残っていない」としている。

 あくまで東電側の「自主判断」で海水注入が行われたと印象付けようとする理由は、この時点で政府内が大混乱しており、菅総理と海江田経産相の判断が分裂していたことを知られたくないからだった。

 この直後、さらに異例の事態が起こった。

「官邸に詰めていた武黒一郎・東電フェロー(元副社長)が、突然福島第一の吉田所長に直接電話を入れたんです。私のメモによれば、時間は19時4分から11分にかけて。『海水注入について、官邸の了解を得ていないため、まずい。止めたほうがいい』と説得する内容だった。

 武黒氏は19時20分に東電本店にも電話し、『官邸の了解を得ていない。騒動になるとまずい。いったん止めてほしい』と言い始めた。電話を受けた側が奇異に感じるほどの慌てぶりだったそうです。

 実は武黒氏は、菅総理に叱責されたんです。『海水注入を始めました』という報告に対し、菅総理が、

『オレは聞いていない! 再臨界の危険があるのに、何をやってるんだ! ただちに止めろ!!』と怒鳴りまくった」(A氏)

 この結果、19時25分にいったん注水は中止した、と官邸には報告された。第一原発からは、吉田所長も承認した文書が届けられたが、実際には注水は継続しており、官邸を欺くために作られたニセ文書だった。

「吉田所長はもちろん処分を覚悟のうえだし、東電も薄々知っていた気配がある。危機を回避するためには、それも仕方がないという究極の判断だった」(A氏)

 菅総理の「錯乱」と「再臨界する」という思い込みが招いたドタバタ劇だった。

「総理を説得したのは、原子力安全・保安院の幹部でした。メモによると、19時40分から、保安院のスタッフが海水注入による冷却の効果と、再臨界の可能性についての検討結果を菅総理に説明した。

 ようやく納得した菅総理から、『海水再注入』の指示が出たのは、19時55分でした。これを受けて、20時5分に海江田経産相が海水注入を命令。東電は胸をなでおろした」(A氏)

療養が必要なのでは

 菅総理自身は、5月23日の衆院東日本大震災復興特別委員会で、

「(海水注入の)報告はございませんでした。報告が上がっていないものを、『止めろ』と言うはずがありません!」

 と語気を強めていた。

 一方の班目原子力安全委員長は、

「私が再臨界の可能性など言うはずがない。そんなことを言ったら専門家としての生命は終わりだ。名誉毀損で、冗談じゃない」

 とまで言っている。どちらがウソを言っているのか「藪の中」のような騒動だったが、現実は「再臨界はない」と主張する班目氏の意見に菅総理がまったく耳を貸さず、時間を空費していたというのが真相だった。

 18時5分と19時55分の二度にわたって注水指示が出ているのも、菅総理の混乱が原因だった。

 ある民主党のベテラン議員はこう話す。

「官邸スタッフの間では、『菅さんは病気ではないか』という話が出るほど、気分のアップダウンが激しい。もの凄く落ち込んでウツ病のようになるときもあれば、興奮して怒鳴りまくることもある。いったん思い込むと、いっさい人の意見を聞こうとしない。唯一の例外は、伸子夫人らしいがね」

 ほかにも、菅総理の怒声を直接、耳にした人物がいる。

 佐賀大学元学長の上原春男氏は、原子炉復水器の専門家として、地震発生直後から直接、間接に官邸に対し、助言していた。

 その上原氏本人が明かす。

「原発が次々に水素爆発を起こした直後の3月20日、佐賀市内の私の事務所に、原口一博氏ら佐賀出身の国会議員が何人か集まって、福島の事象について説明するように求められたんです。

 私の話を聞いた原口さんが、その場で携帯電話を取り出し、菅総理に連絡を入れた。私はその電話口に出る形で、総理と直接言葉を交わしたんです」

 上原氏は一刻も早い冷却系の回復と、それが不可能であれば外部冷却装置の設置を訴えた。

 実は上原氏は16日、17日にも事故対策統合本部の細野氏に呼ばれ、上京していた。しかし結局多くのメンバーが慌ただしく動いているばかりで、まとまった会合は何一つ開かれなかったという。

 なかでも、大きな身体で右往左往し汗だくになってひときわ目立っていたのが海江田経産相だった。

 上原氏は、統合本部の混乱に呆れ、自らがまとめたレポートを置いて、そのまま佐賀に戻ってしまった。

「20日の電話で総理は、『あなたの書いたレポートには目を通しましたが、技術的に理解できない』と言う。『技術的に分からずとも、やる決断はできるでしょう! イエスかノーか、決めてください』と迫ったんですが、話になりませんでした。

 異変が起こったのはそのあとです。菅さんが、舞い上がってしまった。私に厳しく言われてカッとなったようで、突然何事かわめき出したんですよ。ヒステリックというのを通り越して、ちょっと尋常ではない感じでした。日本語でもフランス語でもないような言葉を、早口で延々わめいているんです。ショックでした。日本の総理大臣がこんなことになっているなんて、思いもよらなかった」

 菅総理の怒声は電話口を通して、周囲にもはっきり聞こえるくらいの大きさだったという。

「そこにいる人みんなが、(電話は)もう止めろ止めろ、と身振りで私に伝えていた」

 その時点で上原氏は菅総理との対話を諦め、原口代議士に携帯電話を戻した。

 菅総理は、極度のプレッシャーがかかるとにわかに判断停止する、という悪癖があるようだ。別の官邸関係者が言う。

「1号機が爆発した直後のパニックは凄かった。『放射能を拡散させるな!』と怒鳴り、その後17日に警視庁の高圧ポンプ車が放水に失敗すると、

『たかが放水に何時間かかっているんだ! 自衛隊のヘリを全部福島に集結させろ! 警視庁はいったい何しに福島まで行ったんだ!』

 と暴言を吐いた。しかもその後、執務室の椅子に崩れるように座り込んでしまった。

 その後1、2号機に通電が可能になったときも、

『遅い遅い遅い!』

 と叱咤したという。周囲は弁明に必死ですが、菅総理は聞く耳を持ちません」

 官邸スタッフはこうした菅総理の実像を国民の目から隠そうと躍起になっている。

 5月21日に、読売新聞と産経新聞が「首相意向で海水注入中断」などと報じると、ある官邸幹部は、

「お前らの情報源は分かっている。流したのはアイツとコイツだろう。自民党にも流しただろう」

 と記者に露骨なプレッシャーをかけていたという。しかし、今回東電が明かした発生直後の事実関係やA氏のメモ、上原氏の証言など総理の実像を知りうる人物の情報によって、錯乱する宰相の姿が徐々にメディアに漏れ始めている。

 多くの国民が菅総理の言動に漠然とした不安を感じているが、こうした事実を知れば、不安は不信へと変わるに違いない。

「菅総理は、24日からサミットのためフランスへ向かいましたが、この非常時に6日間もの長期出張の日程を組んでいる。サミット終了後も、別の国際会議に出席する日程を入れて、1週間近く欧州に滞在する。これは異例です。

 どうやら、菅総理の状態を見かねた伸子夫人の進言らしい。『震災・原発事故対応で神経が疲れているから、少しヨーロッパでゆっくりしたら』ということなんでしょう」(全国紙政治部デスク)

 この戦後最大の危機に、この人物が総理でいたのが、国民にとって取り返しの付かない災厄だったかもしれない。

 

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