週刊現代賢者の知恵

2010年06月16日(水) 週刊現代

全国民必読 医者は迷う、医者は間違える
「私たちは神様でもないし、牧師にもなれない」---
患者が知らない医療現場の現実とホンネ

●最新の治療にはリスクがある
●手術中の予期せぬ出血
●高齢患者のがん手術
●余命の告知・・・「正解はない、しかし正解しかない」

生死を左右する決断

「私の専門である大腸がんの治療は手術で取り除くことが第一。もしくは放射線と化学療法がうまく効いてくれれば助かる可能性が出てくる。でも、放射線治療には不確かな部分がまだあります。だからがんが再発したら、何とかして手術で治してあげたいと思うのですが、ただ再発の場合の手術は大変難しく、リスクを伴います。

写真上から、荏原病院の神経内科医長・長尾毅彦医師、都立駒込病院の緩和ケア科医長・田中桂子医師。いずれもその分野のスペシャリストと呼ばれる名医だ

 そうすると、やはり医者は逡巡するんですよ。『切除できないかもしれない、化学療法にしようか、放射線がいいかもしれない』と、ぐるぐる頭の中で回っているんです。

 そんなとき"スーパードクター"なら迷うことはないのかもしれない。でも私みたいな普通の医者は、とくに手術中、切除か撤退かを迫られたとき、本当に孤独なんですよ」

 こう明かすのは、北里大学病院(神奈川県相模原市)外科教授・渡邊昌彦医師。大腸がんに対して、体にやさしい低侵襲な腹腔鏡手術の道を日本で最初に切り開いたパイオニアだ。そんな「がんの名医」である渡邊医師ですら、治療法について迷うことがあるのだ。

 医療は100%の正解がない世界である。にもかかわらず患者やその家族からは100%を求められる。そして医者は患者の生命を左右する判断を迫られる。そんな素振りを患者に見せることはできないが、人間である以上、医者も迷う。

 では、医者はどんなときに考え込むのか。名医たちに本音を聞いた。

新しい治療法の選択で迷う

「脳卒中の場合、発症後、遅くとも3時間以内にしか使えない薬を使うか、使わないか。そこが医者としては一番悩むところです」

 東京都保健医療公社・荏原病院(大田区)神経内科医長・長尾毅彦医師はそう話す。長尾医師は、脳卒中と認知症の患者の両方を診る神経内科医で、脳梗塞の治療では、新薬である「t-PA」という血栓溶解剤を使う血栓溶解療法のスペシャリストだ。

 その長尾医師でも考え込むことがあるという。「t-PA」は脳梗塞に時として劇的な効果をもたらす薬だが、適応条件に当てはまらない患者に投薬すれば、脳出血を引き起こし、死を招く危険があるからだ。

「『t-PA』治療というのは命を助けるというより、脳の機能を助けるものです。この薬が使用できないと判断した患者に対しては、次は命を守るための治療を施します。

 『t-PA』を使うことによって、患者さんが亡くなる危険性がある。この薬を使わなければ生き延びられたかもしれないのに、使ったことで命を奪うこともあるのですから、使用するかどうかは、医師にとって究極の選択です。しかも、その判断を極端なことを言えば、10分間でしなければいけない」(長尾医師)

 脳梗塞で倒れた患者が救急車で病院に運ばれると、医師は血液検査をして、心電図を撮り、MRI(磁気共鳴画像)検査を行い、その画像を診たうえで「t-PA」を使用するか判断し、家族にリスクを説明する。こうしたことすべてを1時間以内にやらなければならないのだ。長尾医師はこう続ける。

「日中なら、同僚と集まって相談することもできますが、夜間休日に患者が来れば、当直の医師が一人で判断しなければならない。これはかなりのストレスです。悩むのは出血する可能性が高い患者のケースのときですね。ガイドラインには、こういう条件を満たした患者さんに使いなさいと基準が示されていますが、実際の患者さんは、条件すれすれのこともあるから迷うんです」

 長尾医師が勤める荏原病院では常時、MRIで詳細に画像診断ができるので、治療前に出血しやすいかどうか、ある程度は推定できるという。しかし、それでも悩む。これがMRI検査ができず、それより画質の劣るCT(コンピュータ断層撮影)検査だけで判断しなければならないような規模の病院ならどうだろう。医師の悩みは、想像するに余りある。

 治療不可能をいつか可能にしたい---。この難問に直面する医師は少なくない。湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)の脳卒中診療科部長・森貴久医師が語る。

「私は20年前に循環器科から脳外科に移りました。治療法もなくて困っている脳梗塞の患者さんに『特別な治療法はない』と言わなければならないのが辛くて、その壁を越えたかったのです」

 森貴久医師は循環器科での心臓病治療の経験を活かし、既存の治療では救えない脳卒中の患者を新たな治療法で救ってきた脳血管内治療の第一人者である。

「救急車で搬入され、精一杯治療しても、従来の治療法では助からない。そんな難しい状況に直面するたびに、今度こそ助けたいと思うのです。工夫すればきっと何か突破口が見つかるはずだと必死で考えます。

 誰かがその壁を越えることができて初めて、新しい治療法が発展するのですが、ひとつ乗り越えると、また新しい壁が立ちはだかる。そのたびに、悩み、考え続けています。ただし、どんなに助けたくても、単なる人体実験は許されません。十分に戦略を練り、勝算があるから新しい治療法に挑戦するのです」

 前出の大腸がんの専門医・渡邊医師も腹腔鏡手術という新しい治療法に挑戦してきた。だが、その手術を施したがんの患者が再発すると、「ひょっとしたら、自分の手術が悪かったのではないかと悩んでしまう。常にそうやって自問自答しながらやってきた。それぐらい自ら手を下すことは怖い」と明かす。

 いま腹腔鏡手術は身体に優しい手術法として普及しつつある。医者が悩んだ末に、新しい治療法を使う決断をすることによって、医学は進歩してきたのだ。

余命をどう伝えるべきか---患者とどう接するか

 これからの高齢化社会において、重要な役割を持つ「緩和ケア」。がん・感染症センター都立駒込病院(文京区)の緩和ケア科医長・田中桂子医師は、緩和ケアを担当する医師特有の悩みを抱えている。それは痛みを取るという治療が、痛みの強弱、痛む場所や症状などについて、患者自身の訴えがなければできないことに原因がある。

「痛いという感覚は非常に主観的なもので、数値では測れません。だから、患者さんが痛いと言ったら痛いんです。医師は画像や血液データを見て、どこがどんな風に痛いのかを聞いて、この人にはこの痛み止めがいいだろうと判断する。この薬の量をどれぐらいにするのかは、患者さんの感じ方で決めるしかない。

 見るからに痛そうなのに、患者さんに我慢されてしまったら、こちらは何もできない。『せっかく先生が治療してくれるのに、良くならないのでは申し訳ない』と、良い患者でいようとするケースもある。痛いと言ってくれないと困りますし、こちらも悩みます。痛みをコントロールできる自信はあるので、私たちを信頼して話してほしいのです」

 その一方で、こんな患者のケースもあって、迷うことがあると田中医師は話す。

「化学物質で調整しないで、私はあるがままの状態を受け入れるんだという人もいるんです。これはもう価値観の相違ですから、仕方ないのですが、見ている側はつらい。

 でも、痛みに耐えて苦しみながら、病気と闘うことが、その患者さんにとっては生きるエネルギーになっていることも場合によってはあるので、むやみに痛みを取ってしまうことが、本当にいいのか一概にいえません」

 このように医学的な判断ではなく、患者とどうコミュニケーションをとるかで医者が迷うこともある。なかでも「余命告知」は重要なテーマだ。前出の渡邊医師は、「基本的に余命の告知をする」と言う。

「その人の家族関係など、バックグラウンドや、本人の性格にもよりますが、受け止め方はさまざまです。余命を凜として受け入れられる人、絶対に受け入れられない人、混乱する人、いろいろいますから、語り口や表情、時間のかけ方に気を配りながら話します」

 一方、前出の駒込病院・田中医師は余命の告知について、「基本的に具体的な数字では言いません」と語る。これは苦い経験をしたためだと言う。

「かつて私がまだ経験を積んでいないときに、どうしても必要に迫られて、60代の男性の患者さんに、『3ヵ月ぐらい』という余命期間を告げてしまったことがありました。

 その患者さんはそれからカウントダウンを始めたんです。カレンダーの3ヵ月目の日のところに○印をつけて、1日過ぎるごとに日付に×をつけ出したんです。それから私は患者さんが残りの日数を数えたりしないように、おおよその数字すら口にしないようにしました。

 患者さんにあえて言うなら、たとえば『年の単位では難しいかもしれない』と告知するぐらいです。それもひとりひとりで違うので、本当に難しい。だから私は数字ではほとんど言わないですね」

 認知症治療においても、患者や家族との接し方は非常に難しい。荏原病院・長尾医師が言う。

「ひとつの大きな悩みは、本人に認知症だと告知したほうがいいのかということ。もうひとつは家族に、患者さんを施設に入れたほうがいいといつ『宣告』するかです。

 家族としては認知症の患者さんをなんとか自宅で看てあげたいという思いがある。しかし、身体も気持ちもついていかなくなる。それでも心情的には『ギブアップ』とは言えない。そ

 ういうときに、僕が背中を押してあげる。『そういう状態ではもう自宅では無理だから、施設を考えたほうがいいですよ』と宣告をしなければいけない場合があるのです。それをいつすべきかというのは、かなり迷います」

 認知症の場合は、患者本人が元気なケースが多いだけに、家族に伝えるタイミングに正解はない。悩むのは当然といえるだろう。

 近年、患者との関係を築くうえでさらに医師を悩ませているのが、「医療訴訟」のリスクである。国領めいようクリニック(東京都調布市)の富永伸徳医師(循環器内科)はこう指摘する。

「大学病院などでは患者さんや家族にリスクや状況を説明して、自ら治療法を選ぶようになっていることが多い。これがインフォームドコンセントですが、実際に患者さんや家族が、治療法を選択できるかというと、なかなか難しいでしょう。

 これは患者さんや家族と何らかの行き違いがあったとき、医師の身を守るものでもある。医師側からすると、"ミス"ではなく"事故"と言ってほしいケースだってあると思うのですが、何かあると、いまはたいがい医療ミスとなってしまいます」

 その結果、何が起きているかというと、訴訟になる可能性がある難しい治療が必要な患者は、場合によっては「うちではできない」と病院をたらい回しにされるのだ。

「医学的に判断するのに迷うこともありますが、そういう社会的な背景から、この患者さんを治療するかどうか自体の判断を迷うということも出てきているのではないかと思います」(富永医師)

「わからない」と言えるか--「初期診断」は難しい

「初期診断」は、その後の治療方針を決めてしまうだけに容易ではない。前出の国領めいようクリニックの富永医師はこう話す。

写真上から、国領めいようクリニックの院長・濱中久尚医師、横浜相鉄ビル眼科医院の院長・大高功医師、国領めいようクリニックの理事長・富永伸徳医師。丁寧な治療に定評がある

「普通に外来受診される患者さんは、教科書に載っているような典型的なケースばかりではありません。そんな症例なら、誰が診断しても『この方法しかない』となるので迷うことはない。

 でも、合併症があったりすると全然違ってきます。生身の患者さんを前に治療をするためには、いろいろ経験を積んでいないと難しい。

 本の知識や授業だけでできるなら、症状をコンピュータに打ち込んで、『はい、病気は何です』と出るはずです。でも、実際はそんなものではありません」

 しかもいまの医療は細分化され、医師にとって専門外の診断は難しく、患者もどの病院のどの診療科で診察を受ければいいのかすらよく分からない。

「内科とひと口に言っても、消化器、肝胆膵、循環器、呼吸器・・・と、大学病院だと、内科だけでも10ぐらいの診療科に分かれている。

 循環器内科でも、私は虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)が専門ですが、中には不整脈が専門の先生もいます。

 治療法もまったく違ってきますから、同じ循環器内科であっても、診療科が違うぐらいの差があるんです。私は、専門外でわからないことは、わからないとはっきり言います。わからないまま診療を続けても、患者さんに迷惑をかけるだけです」(富永医師)

 初期診断で「わからない」と言えるのが、実は本当の名医なのかもしれない。

 最初の診断が難しいのは、眼科でも同じことだ。

 横浜相鉄ビル眼科医院(神奈川県横浜市)の院長・大高功医師は眼の手術を幅広く手掛ける。この眼科の名医、大高医師は緑内障の診断の難しさを挙げる。

「緑内障は眼圧が高くなることによって、視神経が圧迫され、視野狭窄が起こり失明にいたることもある病気です。急性もありますが、多くは加齢とともに出てくる慢性で、眼圧が基準値内であっても、視神経が侵される正常眼圧緑内障もあるのです。

 診断には、視野検査を行い、片目ずつ見える範囲と感度を調べます。患者さんに中央の一点を見つめてもらいながら、『周辺に小さな光が見えたら、手に持ったボタンを押してください』と言うんですが、これは、患者さんの自己申告で行う自覚的検査なんですよ。

 見えるはずの範囲で光っていても見落としてボタンを押せていない場合や、何も光っていないのにボタンを押してしまっている場合もある。だから見極めに迷うことがあるんです」

 一度、緑内障と診断されたら、患者は一生、目薬を使い続けなければいけない。経済的な負担にもなり、医療費の増加にもつながる。大高医師が続ける。

「とくに初回の検査は、患者さんが慣れていないので信頼性が低いんです。私は、よほど診断の明らかなケース以外は、一度の検査で緑内障と決めつけないようにしています。疑わしいレベルなら『最初は目薬なしで様子を見て、3ヵ月後にもう一度測ってみましょう』などと言います。検査をすればするほど診断の精度は高まるんです」

 迷うからこそ納得いくまで丁寧な検査をする、これこそ名医だろう。

手術の途中で撤退できるか--切るか、切らないか

 患者のその後のQOL(生活の質)に関わるだけに、手術をするべきか否か切るか、切らないかは医師としても悩まざるをえない。早期胃がんを対象とする内視鏡治療(ESD=内視鏡粘膜剥離術)の名手である国領めいようクリニック院長・濱中久尚医師はこう話す。

「治療をすることが患者さんにとって、本当にいいことなのだろうか。ほかには選択肢がないのか。僕らは、そういったことを考えながら治療していきます。そこには"撤退する勇気"が常に必要なんです」

 濱中医師は、1件だけESDを途中で止めたケースがあるという。外科から、「内視鏡で胃がんを取ってほしい」と依頼を受けた患者だったが、「年齢と病気の難易度から、このまま治療せずにおいても問題ない」と考えたという。

「お年が90歳ぐらいの方で、がんの"顔つき"も進行の遅そうなタイプだったので、この病気の予後は寿命には関係ない可能性が高い。しかも、内視鏡で取るにはかなり難しい場所にあって、出血の恐れがあり、時間もかかることが治療の前から想定できました。

 治療時間が延びれば、麻酔のかかっている時間が長くなる。そのことが、この患者さんの身体に負担をかけるだろうと判断したのです。ただ、本人とご家族の強い希望があったので、『短時間で済むなら』という条件で踏み切りました」

 濱中医師が実際にESDを始めてみると、案の定、難しい手術になった。

「時間はかかるし、切っても切っても血が出てくる。胃の上部にあるがんは、出血しやすいんです。始めて15分ぐらいで、『取っても意味がない』と判断して、一旦止めて、患者さんの奥さんに相談しました。『ここでいま、頑張って無理して取らずにそのまま置いておいても、がんは悪さをすることはないでしょう。

 手術をやめさせてもらったほうがいいと思いますが、よろしいですか』と話して、家族も納得してくれました。その後、この患者さんはがんとは関係なく1年後に老衰で亡くなりましたが、最後まで普通に食事をすることができていました」

 濱中医師が担当した早期の胃がん患者の中には、「がんをとる意味がない」という判断で、患者も家族も納得し、治療を行わなかった人が多数いるという。「どんなに小さながんでも、見つかったら、できるかぎり早く取らなくてはならないと、皆さん思います。

 でも、決してそうではないのです。体の状態によっては、そのままにしている人もいます。これらのケースはたまたま検査をしたから見つかったものであって、本人は知らないけど、実はがんを持っているというご高齢の方もたくさんいるはずです」(濱中医師)

写真上から、イムス葛飾ハートセンターの院長・吉田成彦医師、都立駒込病院の名誉院長・森武生医師、湘南鎌倉総合病院の脳卒中診療科部長・森貴久医師。患者のことを第一に考え、日々悩んでいる

 患者が治療を望んだとしても、医師があえて「治療をしないほうがいい」と伝えることもあるのだ。がん・感染症センター都立駒込病院の名誉院長・森武生医師も「迷うとき」についてこう話す。

「大きな手術をする際に、患者さんが耐えられるかどうかに迷います。例えばがんの骨盤内再発例では、出血が10000mlを越えることはさほど希ではなく、しかも予後は決して良くない。

 それだけのリスクをおかす理由があるか。自分が本当に自信を持ってその手術ができるのか。じっと胸に手を当てて自分の経験に訊くときがあります」

80%を目指すときもある

 前出の北里大学・渡邉昌彦医師は「治療がうまくいった人より、うまくいかなかった人のほうが一生忘れられない」と語る。

「『手術がギリギリできるかもしれません。でも、手術をすることで命を失うかもしれません』と説明すると、患者さんも家族も『先生にお願いしてだめなら本望です』と応じてくれます。

 でも本当は、みんな助かりたいと思うから手術を受ける。ただ、どんなに手を尽くしても、どうしようもないこともあります。

 家族から『もう92歳でしたし、先生にお任せしたのですから悔いはありません』などと言われると、本当に申し訳ないと思う。

 手術なんかせずに、『天寿をまっとうしなさいよ』と帰していれば、いま頃まだ、曾孫と遊んでいたかもしれないのになんて考えてしまう。そんな重みを外科医はいつも背負っています」

 渡邊医師は、こう言って歯噛みするのだ。患者の状態によって、どんな手術をどこまでやるのか。それは外科医の悩みどころだろう。

 循環器疾患に24時間対応するイムス葛飾ハートセンター(東京都葛飾区)の院長・吉田成彦医師(心臓外科)は、患者の体力と病気の重さを天秤に掛け、どんな手術がベストなのかで、迷うことがあるという。

「若い頃はすべての患者さんの手術で100%を目標していました。でも、無理に100%でいこうとすると、その分だけ手術時間がかかって、患者の身体に負担がかかる。そうすると術後に肺炎にかかったり、傷が治らないときもある。

 ある程度の経験を積んで状況判断ができるようになってから考え方が変わってきました。100%を目指していた時代から、いまは、患者さんによってその数値が120~80%まで幅があります。

 昔はすべての力を出しても、120%まで持って行ける力はなかったかもしれない。現在は状況に応じて、その加減ができますから、何%を目指すか、日々葛藤していますし、場合によっては手術の時間を短くして70%に留めることもあります」

 心臓病の手術を受けた後、別の病院でがんの手術しなければならないケースなどでは目標を70%ほどに抑え、1週間後にもう一度手術ができるぐらい体への負担が少ない手術を行うという。こんなケースでは「常に120点を目指すのではなく、いかに早く次の手術にいけるかが最優先課題」と吉田医師は語る。

 最近では、糖尿病や腎機能が悪く透析をしている人が、心筋梗塞で運ばれてくるケースも増えているという。当然、そういう患者さんは手術のリスクも高く、吉田医師の悩みも深くなる。

手術室で「5分考えさせて」--手術が始まった後も悩む

 いざ手術が始まってからも医師は難しい判断を求められる。前出の駒込病院・森武生医師が一番嫌な瞬間は、開腹したあとに、がんの切除は不可能と判断するときだという。

「非切除の判断は患者に死を宣告するようなものです。いつも手術室の中をうろうろして『5分考えさせて』などと言って迷い歩きます。神ならぬ身ですから」

 医師は、患者と家族から"神"であることを求められる存在だから辛い。とくに悩むのは緊急手術だ。前出・イムス葛飾ハートセンターの吉田医師もこう語る。

「事前に手術日が決まっている待機手術はほとんどの検査が終わっているから、手術前に治療方針が立つ。しかし、心筋梗塞で運ばれてきてすぐ手術というような場合は、CTは撮れないし、頭の検査もできない。

 そういう状態でも、『行くぞ』と始めなければならない。が、胸を開けてみると、上行大動脈がカキンカキンに硬くて、大動脈に穴を開けるのが不可能なんていうことがある。心筋梗塞で胸を開けたら、大動脈解離で冠動脈をふさいでいたということもある。緊急手術のときに、その場で悩むことはいくらでもあります」

 前出・北里大学の渡邉昌彦医師も、手術中の迷いをこう打ち明ける。

「手術中に予期していない変なところから出血すると、自分の背中に冷たい汗が流れます。出血したところを圧迫しながら、どうしようと思いますね。止まったかなと思い、手を離すと、また血がわっと出る場合がありますからね。背筋が寒くなる。

 若い頃は指示に従って行動するだけですが、自分が指導する立場になると、周りが自分の指示を待っている。一流の外科医は、みんなそんな経験を乗り越えてきていると思います」

患者はどうすればいいか

 このように医師は迷い、悩んでいる。だがどんなに一生懸命に治療にあたっても、正解のない世界ゆえに、ときには間違えることもあるだろう。

 一方で、患者側は医者に100点を求め、過度な期待をし、わずかなミスも許さない。前出・駒込病院の森医師がこんな話をする。

「患者さん側との信頼関係の維持に自信が持てないことがあります。誠意を持って行った治療が、まったく理解されないおそれがある。最近とくに増えています。

 例えば、最初の手術のとき、100%駄目と考えられたステージの患者さんが8年生きて、最後は再発で亡くなったケースがあります。その家族は『再発を見逃すとは何事だ、医者の責任を追及する』と食ってかかってきました。こちらは何も言うこともなく、『8年間は楽しく過ごせましたか』と亡くなった患者さんに心の中で語っていました」

 より良い治療を受けたいならば、医者の迷いや悩みを理解すべきだろう。

「やはり医者は神様ではないのです。牧師にもなれないのかな。患者さんには最後までこちらを信じて欲しいと思うだけです」

 森医師はそう語る。もちろん患者側にも医師を選ぶ眼が必要なことは言うまでもないが、医者も人間だ。自分を信頼してくれる患者に対しては、憂いなくベストを尽くせることだろう。