町田 徹町田徹「ニュースの深層」

2010年06月01日(火) 町田 徹

iPadが大反響のアップルに忍び寄る
「マイクロソフトの轍」
時価総額はソニーの7倍以上

 苦節35年―。

 1976年の創業以来、浮き沈みを繰り返してきた、アップルが、ついに世界最大のICT(情報通信技術)企業の栄冠を勝ち取った。

 5月26日のニューヨーク証券取引所の終値をベースに計算した時価総額で、ライバルのマイクロソフトを追い越したのだ。

 日本でも同28日、iPhone(アイフォーン)に続くヒットが確実なiPad(アイパッド)を発売し、"行列"ができるほどの人気を証明してみせた。

 しかし、手放しで喜ぶのは早計だ。かつてマイクロソフトが苦しみ、輝きと勢いを失ったように、アップルにも「支配力の影」とでも呼ぶべき試練が静かに忍び寄っている。

日本勢はコバンザメ商法を狙うが

 長かった1980年代の低迷、ウィンドウズ95の投入により着実に巨大企業として地歩を固めつつあったライバルのマイクロソフトによる1997年の資金援助。

 あの当時、いったい何人の人が当時、今日のアップルの復権を予想しただろうか。

 事実上の取締役解任という処分を受けて、一度は自ら持ち株の大半を売却してアップルを去ったスティーブ・ジョブズ氏の復帰後、最初の大きな成功であり、アップルにとっても大きな節目となったのは、何と言っても2001年の携帯音楽プレーヤーのiPod(アイポッド)の発売だろう。

 管理ソフトのiTunes(アイチューンズ)やインターネット上の音楽販売店であるiTunes Store(アイチューンズ・ストア)のサービス開始と相まっての成功とはいえ、iPodの直感的な操作性の高さは、1970年代からのオールドファンにはアップルらしさを感じさせるものだった。

 元祖は、ゼロックスのパロアルト研究所だという説が根強いものの、アップルはアイコンやファイルを使った視覚的、直接的で分かり易いグラフィカルユーザーインターフェースの本格的な実用化に大きく貢献した企業だからである。

 そのアップルの伝統は、iPhoneとiPadという2大商品に脈々と受け継がれている。

 物理的にキーボードやマウスを使うのではなく、端末の画面に直接触れてソフトウェアを操れる「タッチパッド」方式は、その象徴だ。「タッチパッド」方式自体は、早くからカーナビなどで普及していた技術である。

 それを他の追随を許さない使い易いインターフェースに仕上げてみせたところが、スティーブ・ジョブズ経営最高顧問(CEO)が率いるアップルらしさと言える。

 こうした積み上げが、大輪の花となって咲いた。それが、5月26日のニューヨーク株式市場のアップル株に対する評価である。

 この日の終値をベースにしたアップルの時価総額(時価に発行済み株式総数を乗じたもの)が実に2213億ドルと、かつて同社を経営危機に追い込んだライバルであり、支援の手を差し伸べたマイクロソフト(2193億ドル)を上回ったのである。

 つまり、市場は、アップルに「情報通信技術(ICT)企業で世界一」という勲章を与えたのだ。第3位以下には、シスコシステムズ(1310億ドル)、グーグル(1159億ドル)、インテル(1143億ドル)といったお馴染みの巨人たちが続く。ちなみに、日本のソニーは、同じく311億ドルとアップルの7分の1以下の水準に甘んじている。

 余談だが、ある携帯電話会社の幹部ら複数の日本企業の経営者が最近、筆者に「『iPadのような製品を作ればヒットしますよ』と(アップルの)スティーブ・ジョブズ氏に助言したのは、私です」と自慢していた。

 真偽のほどは確認していないが、iPadを世の中に送り出したのが、日本企業でないことは周知の通りである。強烈な個性で、製品の細部にも強い拘りを見せたというジョブズ氏が率いるアップルが、世に送り出したユニークな商品なのである。

 ちょっと寂しい話だが、日本で花盛りなのは、ある種の便乗商法だ。

 例えば、ソフトバンク・モバイルは、携帯電話を使ったインターネット接続を囲い込んで収益の拡大に役立てようと、一部機種の販売権の獲得や、その端末の他社の携帯電話網への接続を制限するSIMロックを打ち出した。

 それに対抗して、NTTグループのドコモや東日本、そしてイー・モバイルなどが、無線LANを使ったネットワーク接続の値下げ攻勢を仕掛けている。

 ビジネスとして見た場合、新たな市場の開拓を目指すアップルと、コバンザメ商法の日本勢では、成功した場合のリターンに大きな差が付くのは避けられない。この分野の国際競争力と言う意味で、日本勢はどんどん取り残されていくのだろうか。

基準、根拠も公開されない「コンテンツ審査」

 とはいえ、アップルを盤石と見るのはあまりにも早計である。

 何よりも、日本人として気掛かりなのは、アップルのコンテンツ審査と呼ばれる行為である。

 実は、アップルは、iPhoneやiPad向けに電子書籍を販売するサイト「アップストア」で電子書籍を取り扱うかどうかを決める際に、事前の審査を設けている。この審査が内容や表現に踏み込んだものであることから、電子書籍業界を中心に日本でも懸念の声が上がっているのである。

 例えば、日本の電子出版界の草分け的な存在であるボイジャーの荻野正昭社長は、インターネット上のコラムや新聞のインタビューで、荻野氏自身が一昨年から昨年にかけて、iPhone用に申請した458本のコミックのうち35%が暴力的だとか性的な描写があるとの理由で配信拒否の憂き目をみたことを明かしている。

 また、アップルを題材にしたビジネス書の公開も拒否されたという(以上、5月28日付朝日新聞など)。

 もちろん、こうした行為は"検閲"紛いとはいえ、日本国憲法第21条が禁じた「行政による」検閲にはあたらない。ただちに憲法や法令に違反する行為と決めつけられるものではない。

 しかし、筆者の取材に対し、「審査の存在や基準、根拠はノーコメント」(アップル・ジャパン広報部)と回答するなど、同社は実態や情報の開示を拒んでいる。これは、決してグローバルな活動をする公開企業として、褒められる行為ではないだろう。

 通信網で配信されるサービスでは、NTTドコモなど各社は業界として自主ルールを作成し、携帯電話向けの情報サービスであるiモードなどの公式サイトの選定基準などを幅広く公開している。それと比べても、閉鎖的で幼稚な対応と言わざるを得ない。

 特にアップルの場合、審査の基準が、米国的な価値観に基づいているとの批判もある。それゆえ、「表現の自由」を阻害するだけでなく、そもそも日本的な文化や価値観をないがしろにするものだとの批判もある。

 そのほか、突然、明確な理由や基準も示さないまま、iPadを販売できる量販店の店舗を絞り込んでおいて発売に踏み切ったとか、一部のアプリケーションの開発事業者を恣意的な基準で締め出しているといった批判も後を絶たない。

 アップルには、純粋に、自分たちがよいと思うものを品揃えとして揃えたいといった素朴な動機が強いのだろう。しかし、もしそうなら、それはいわば町の小売店と同じような発想でしかない。

 市場支配力を持ちつつある会社としてみれば、アップルの姿勢は単なる強者のエゴとしかとれない。ようやく時価総額でトップに立ったばかりとはいえ、同社が、市場支配力を持ち始めたことの自覚を欠く点は気掛かりだ。

 かつて圧倒的な市場支配力を誇ったマイクロソフトは、反トラスト法裁判に追われる中で、カリスマ創業者だったビル・ゲイツ氏の引退後、勢いと輝きをどんどん失っていった。それと同じ轍を踏むリスクに、アップルは早くも直面しているのかもしれない。