週間現代経済の死角

2011年05月25日(水) 週間現代

徹底追及 水産庁「魚は安全」捏造していた
国民の命と安全を何だと思っているのか

 いったい海洋汚染はどこまでひどくなるのか。今度は3号機から高濃度汚染水が流出した。トラブルのモグラ叩きに汲々とする国に、これ以上任せておけない。

そこまで言うか

「主人の研究結果をそのまま載せていただくならありがたい話です。でも、主人の研究と違う結論を導きたいのなら、やはり名前を外してほしい。どうしてもそう思ってしまいます」

 静かな口調に悲しみを滲ませるのは、海洋学者・笠松不二男氏の未亡人だ。

 本誌は前号で「福島の海を『第2の水俣』にするのか」と題する記事を掲載、国が展開する「汚染物質は海で希釈・拡散されるから大丈夫」というキャンペーンのウソを暴いた。福島第一原発が垂れ流す大量の放射性物質は、徐々に魚体内に蓄積し、いずれ水俣病のように人間の健康を脅かすことを指摘したのだ。

 前号でも触れたが、水産庁が国民に向けてHPで公表している「水産生物における放射性物質について」というレポートに、故・笠松氏の論文が引用されている。水産庁は「結論」としてこう記す。

〈放射性物質は、水銀や有機塩素化合物などと異なり、食物連鎖を通じて魚体内で濃縮・蓄積しない〉

 水俣病は、魚体内で生物濃縮された水銀を人間が摂取したことが原因だった。水産庁は、「水銀と違って放射性物質は魚体で生物濃縮しないから大丈夫」と、このレポートで断言しているのだ。

 この結論がどれほどひどいものか、東京海洋大学名誉教授の水口憲哉氏が説明する。

「一読して、そこまで言うか、と思いました。放射性物質の生物濃縮についてもっとも参考になる資料は、チェルノブイリ事故の研究なんです。笠松さんも魚体に蓄積するセシウム137の濃度を時間をかけて調べ、小型魚を食べる大型魚のほうが濃縮係数が高いことを証明しました。

 濃縮しないなんて、まったくデタラメな話です。水産庁のこのレポートは、完全な『その場しのぎ』の産物と言えますね」

 水産庁が「放射性物質は濃縮しない」との結論を導くために引用した、笠松氏の論文「日本沿岸海産生物と放射能」にはこう記されている。

〈環境中に放出された放射性核種は様々な経路を経て人体に取り込まれ、被ばくを与える。海洋環境の場合、海水や海底土から直接に外部被ばくを受ける場合もあるが、より重要と考えられているのは、海産生物という食物を通して人体内に取り込まれ、内部被ばくを受ける経路である。特に、セシウム137は核分裂収率が高いこと、物理的半減期が長い(編集部註・30年)こと、さらに生物に取り込まれやすいため、核爆発実験に起因する放射性降下物によって、かつては海産生物の汚染が危惧された〉

 これだけ読んでも、水産庁の「魚は安全」という主張を補強することは、亡き笠松氏の本意でないことがわかる。

 水産庁のデタラメを指摘するのは水口氏だけではない。三重大学海洋個体群動態学研究室の勝川俊雄准教授が言う。

「生物濃縮が起こるというのは当たり前の話で、水産庁が言うような『起こらない』という論文を、僕は見たことがありません。しかも、水産庁はセシウム137と有毒農薬のDDTを比較して、『食物連鎖を通じた生物濃縮はほとんどない』としている。それは、DDTという濃縮しやすいものと比べると少ない、という指摘に過ぎず、それで『濃縮しない』とは言えない。問題のすり替えが行われているんです」

 このように、専門家にはあっという間に見抜かれる「すり替え」も、素人である国民にはバレないと水産庁は思ったのか。

 だとしたら、とんでもないことである。水産庁のこのレポートは「平時の研究報告」ではない。原発事故によって、有史以来、世界中で起きたことのない海洋汚染がこの瞬間も進んでいるのだ。放射性物質の内部被曝は、国民の健康を直撃する。いや国民だけではない。世界中の人々の生命を脅かす危険性すらある。

 そのような「究極の非常時」に、水産庁が故人の論文を都合よく使って安全を「捏造」することは、国家による殺人行為、まさに水俣病の再来に他ならない。

本誌の指摘で結論を修正

 生前、笠松氏と親交があった編集者は、その人柄をこう語る。

「学究肌というよりは、現場での調査を大切にする行動派の学者でした。笠松さんが言ったこの言葉が、深く印象に残っています。

『食物連鎖の頂点には、あらゆる生き物を食べる人間がいます。人間は環境汚染のリスクを常に覚悟しなければならない。そして、だからこそ、食料となる生物を大事にしなければならないんです』」

 水産庁が笠松氏の論文を利用して魚の安全を強調したことは、まさに故人の遺志を踏みにじる行為と言えるだろう。

 水産庁は前号で、本誌の取材に「研究者の論文は引用していいことになっている」と強弁した。改めて、水産庁のレポートがいかに笠松氏の業績を歪めているかを質したところ、文書でこんな回答が返ってきた。

「水産庁HP発表の資料中の『濃縮・蓄積しない』という表現は、こちらの意図としては、『濃縮して蓄積しつづけない』という意味で使用しており、『濃縮しない、かつ蓄積しない』という意味で使用しているわけではありません。資料の3ページ目で、生物濃縮について触れ、ここで生物濃縮が存在していることを述べています」

 何が言いたいのかわからない、と思った方も多いだろう。おそらく、濃縮しないとは書いていない、濃縮し続けないと書いたのだ、だから不適切な引用をしたわけではない、生物濃縮の存在についても3ページ目でちゃんと触れている、そう言いたいのだ。

 これも詭弁だ。なぜなら前述の通り、結論の部分で「放射性物質は魚体内で生物濃縮しない」と断言しているのであり、本誌はそれを問題にしている。最初にこの結論があり、読む人をそこに導くために、笠松氏の論文を都合よく使用した事実は消えない。

 実は水産庁からの回答文の下部には、こんな1行が追記されていた。

〈指摘を踏まえ、水産庁HP掲載の資料を修正しました〉

「濃縮・蓄積しない」と断言していたものが、「蓄積しつづけるわけではない」に修正されている。詭弁を弄した割に、間違いをあっさり認めている。信念の感じられない、まさにお役所仕事である。

危険な数値は認めたくない

 さらに言えば、修正後の「蓄積しつづけるわけではない」という結論も、信用してはならない。前号の取材の折、水産庁は蓄積しない理由をこう言った。

「蓄積が続く前提条件は、原発から放射性物質が放出され続けることであり、現在は流出がないことから、蓄積する環境ではない」

 5月11日、福島原発3号機から高濃度汚染水が流出したことが発覚、海水から基準値の1万8000倍のセシウム134が検出された。原発からの放射性物質流出は止まってなどいない。つけ加えると、たとえ流出が止まっても、すでに海中に存在する放射性物質が、生物濃縮によりいずれ人間を襲うことは研究に裏打ちされた事実である。

 笠松氏の未亡人が言う。

「静かに暮らしたいので本当はかかわりたくないですが、一つだけ言っておきたいことがあります。この(水産庁の)レポートには、笠松不二雄、と(引用元が)書いてあります(正しくは不二男)。主人の意図と異なる内容の上に、名前まで間違えられて・・・」

 そこで口をつぐむ未亡人に代わって、本誌が言っておく。いまこの国で起きていることは、間違いだらけのズサンなレポートでごまかせるような、生易しい事態ではないはずだ。

 国が本気で国民の生命と安全を考えていないことを証明する、もう一つの事実がある。

 本誌は前号で、菅政権がオランダ政府からの海洋調査の要望を、極秘裏に断っていたことを書いた。そのことに関する、官邸の内部文書を入手した。

 タイトルは「緊急参集チーム協議」、日付は4月22日~25日となっている。緊急参集チームとは、有事に首相官邸に設置される危機対応チーム。各省庁の局長クラスが参集する。文書から一部を抜粋する。

・4月22日
河相官房副長官補

「グリーンピースが正式にオランダ政府を通して海洋調査を申請してきた。断れば、日本は閉鎖的という批判を受けることになり、受け入れても新たな風評被害が出るかもしれない。また、適正とは思えない数値がグリーンピースから出てきた時に政府として反論できる体制をとることが必要」

・4月25日
危機管理監

「グリーンピースが泥の調査を実施すれば反論できないため、グリーンピースの調査までに対応・対抗できるように関係省庁で調整してもらいたい」

 環境NGOグリーンピースの海洋調査をオランダ政府が公式に申請してきたにもかかわらず、首相官邸には「風評被害の元凶」という認識しかない。「適正とは思えない」、つまり危険な数値が出た時も、政府として国民の健康を考えるのではなく、いかにして「反論できる体制をとる」かに腐心している。

「この文書を見て、私たちは情けない気持ちでいっぱいになりました。グリーンピースは国際的に認められた環境NGOです。日本政府に迷惑をかけるために、調査をしようとしているのではない。純粋に、海洋汚染の実態を調べることが目的です。安全な数値が出れば、私たちはそれを世界に発表する。それこそが『風評被害』を防ぐ道です。もし危険な数値が出たら、その時は風評被害ではなく、健康被害を心配しなければならないはずです」(グリーンピース・ジャパンの佐藤潤一事務局長)

 政府が震災以来、国民の健康被害より風評被害を重視しているのは、周知のことだろう。

 その理由は簡単だ。目に見えない放射能の健康被害が起きるのは数年、ひょっとしたら数十年先だが、風評被害による一次産業への補償は、目の前の問題だからである。要するに、政府は補償で払うカネをできるだけ少なくしたいのだ。官邸の内部文書に記されたグリーンピースへの対策協議に、その思惑がハッキリと表れている。

1万9000ベクレルの昆布

 陸上では福島県飯舘村や浪江町などの住民避難が遅れ、政府の間違いが証明された。同じことが、海洋でも起ころうとしている。

 政府がグリーンピースの船に対して「領海内の調査は認めない」と妨害したことは前号で述べたが、グリーンピースはそれに対抗して、自分たちの船を使わず漁師たちから提供された海産物の調査を行った。

 その速報は、恐ろしい事実を示している。

・福島第一原発から50km沖合のアカモク(ホンダワラ科の海藻)
1万3000ベクレル/kg以上の放射性物質を検出

 

 ・同原発の30km南、久之浜港のホソメコンブ
1万9000ベクレル/kg以上の放射性物質を検出

・同原発の40km南、四倉港のカヤモノリ
1万4000ベクレル/kg以上の放射性物質を検出

 これは手持ちの機器で測った暫定値で、正式な値はドイツの研究所で検査してから発表するという。このベクレル数は放射線物質の総量で、細かい核種はわからない。だが仮にもっとも危険性の低い放射性ヨウ素だとしても、その基準値は2000ベクレル/kg。いかに高い数値かわかる。

 もう一つの問題は、政府が捏造する安全説を、国からの情報に頼る新聞やテレビが検証しないことだ。過去にも、グリーンピースが3月下旬に「20km圏外にも数値が高い場所がある」と訴えていたにもかかわらず、どこも取り上げなかった。結局3週間以上放置された後、政府が飯舘村などを「計画的避難区域」に指定した経緯がある。

 来週にも発表される海洋汚染の正式なレポートが、またしても新聞・テレビでは黙殺される可能性が高いが、本誌は引き続き追及していく。

 

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