セオリー経済の死角

2009年11月25日(水) セオリー

「ハリウッド映画に負けていますか?」
スクウェア・エニックスプロデューサー
北瀬 佳範

22年前に産声をあげた国産ロール・プレイング・ゲームの金字塔、いまやハリウッドの超『ファイナルファンタジー』(以下、FF)。任天堂のファミリーコンピュータに始まり、その時々のハードの性能を限界まで駆使した華麗なグラフィック、練り上げられた世界観とストーリー、魅力的なキャラクターの数々がゲームファンの心を捉え、発売以来、全タイトルの累計出荷数は全世界で8500万本を超えている。いまやハリウッドの超大作映画に勝るとも劣らない売り上げを誇り、世界的な市場を切り開いた同シリーズ。2009年12月17日には、その最新作である『ファイナルファンタジー』が初めてプレイステーション3をプラットフォームとして発売されることとなった。『FF』のプロデューサーを務める北瀬佳範氏に、開発の裏側とこれまでの歩みを聞いた。
世界売り上げ8500万本『ファイナルファンタジー』シリーズ総指揮者
北瀬 佳範〔スクウェア・エニックス プロデューサー〕
東京・新宿にあるスクウェア・エニックス本社の受付にて。’03年にスクウェアとエニックスが合併し、『FF』と『ドラクエ』という二大ソフトを抱える業界の雄に  〔PHOTO〕中村將一(以下同)

12歳のスター・ウォーズ体験が原点

 『ファイナルファンタジー(FINAL FANTASY)』の第1作が発売されたのが1987年。それから20余年が経ち、現在では最新作の発表の度に、日本、北米、ヨーロッパなど世界中で数百万本を売り上げる「怪物」ゲームに成長している。2006年にプレイステーション2上で発売された『FF XII』は全世界で現在までに600万本以上の売り上げを達成した。

 2009年の年末に発売されるシリーズ13作目は、ソニー・コンピュータエンタテインメントが開発した最新鋭ゲーム機、「プレイステーション3」をプラットフォームとし、初めてのハイデフィニション(HD、高精細)画質の『FF』として内外のゲームファンの注目を集めている。世界最高峰のCG技術を駆使し、ハードの限界に挑み続けるFFシリーズの最新作の開発にはピーク時で100人以上のスタッフが関わり、多くの月日がかけられた。その制作総指揮をとったのが、スクウェア・エニックスのプロデューサーの北瀬佳範氏である。

 「ゲームをクリアした後に流れるエンドクレジットの長さを見ていると、本当にハリウッド映画と同じような規模になってきましたね」と笑う北瀬氏。

 彼がゲームの世界に身を置くようになった原点も、幼き日に観たハリウッド映画にあった。1978年7月、『スター・ウォーズ』が日本で公開されたのである。

「映画が好きだった父親の影響で、小学校低学年の頃には夜9時から放映していた洋画をよく観ていました。それで12歳のときに映画館で『スター・ウォーズ』を観て、すごく面白く感じたのと同時に『何でこんなにリアルなんだろう』と疑問を持ったんです。いわゆる映画のメイキングビデオというのも当時が出始めで、『スター・ウォーズ』のメイキング風景をビデオや本で見ました。ミニチュア模型を用いた特撮手法をいろいろ工夫して、当時にしては非常にリアルに感じるSFの世界を作り上げたことに衝撃を受けて、それまでは受け手として映画を観るだけだったのが、裏方の物作りをしている人たちの仕事に関心を持つようになった。今ゲームの世界で働いているのも、そのときの衝撃が原点になっていますね」

映画作りからゲーム業界へ

 映画制作に関心を持った北瀬氏は、日本大学の藝術学部に進学し、そこでアナログ映画の作り方を学ぶことにした。過去の映画作品を観てストーリーなどを勉強するのと並行して、ゼミの仲間たちと実習で映画作りにも励んだ。

「ロケで外に出て撮影するのも面白いんですが、そのフィルムを持ち帰って、撮影した素材を編集するのが一番楽しかったですね。暗室にこもって映像を組み上げていく作業が好きでした。別の日に撮ったカットがつなぎ合わさることで新たな意味を持ち、映像にリズム感が生まれていく。まるでパズルのようにフィルムを組み合わせることで、作り上げた映像が見る人の心に、何がしかの感情を喚起させるのが面白かった」

 大学を卒業した北瀬氏は小さなアニメの制作会社に就職する。そこは社員数名で、CMやテレビ番組の中で使う短いアニメーション映像を制作していた。北瀬氏は約1年その会社で働き、映像制作の現場作業を一通り体験する。

「セルの絵を描き、絵の具で彩色し、撮影して現像するまで、15秒のCMを作る全工程を自分たちでやらなければならなかった。セル画をバッグに詰めて、代々木の撮影所に持っていき、撮影に立ち会ったりもしました。そこでもフィルムをビューワーで見ながら切り張りする編集作業が一番楽しみでしたね」

©1987 SQUARE ENIX CO.,LTD.All Rights Reserved.『ファイナルファンタジー』(1987年発売・ファミコン)©1992 SQUARE ENIX CO.,LTD.All Rights Reserved.『ファイナルファンタジーV』(1992年発売・スーパーファミコン)©2001 SQUARE ENIX CO.,LTD.All Rights Reserved.
CHARACTER DESIGN/TETSUYA NOMURA
『ファイナルファンタジーX』(2001年発売・プレステ2)

 『ファイナルファンタジー』の1作目、2作目が発売されたのもちょうどその頃だった。大学生のときに実習でパソコンを使っているうちに、ゲームでも遊ぶようになっていた北瀬氏は、一人のゲーマーとして同作品に初めて触れる。学生のときからゲームは面白いなと感じていたが、コンピュータの知識が無かったため、就職先としては考えていなかった。しかし『FF』との出会いによって、ゲーム業界への転身を考え始める。

「最初は本当に純粋な、『FF』の一ファンでした。飛んだり跳ねたりのアクションゲームが多い中で、『FF』は他のゲームと明らかに違って、ストーリー性があったんです。しかも今に比べればすごく稚拙な2Dのドット絵ですが、出てくるキャラクターがアニメーションで演技をしていた。それを見て『これがそのまま進化していけば、将来的に映画やアニメに近い表現ができるようになるかもしれない』と思い始めたんです」

 その少し前に発売されて大ヒットした『ドラゴンクエスト』もストーリー性のあるゲームではあったが、主人公のキャラクターは自分の分身という位置づけで、無個性の存在だった。その他のRPG作品も、キャラクターより世界観で語っていくタイプの作品が多い中で、キャラクター一人ひとりが個性豊かにセリフを喋り、映画の登場人物のように振る舞う『FF』は、北瀬氏の目にとても新鮮に映った。

「就職してから1年後に、ゲーム業界に転身することを決めたんですが、そもそもコンピュータの知識がぜんぜん無かった。そこで学生のときに作った、人形を使った立体アニメーションのビデオ作品を履歴書と一緒にスクウェア(当時)に送ったんです。それが逆に変な応募が来た、ということで目に留まったらしく、合格することができました。そんなわけで期待もされずに入ったので、会社の中でも新しく立ち上がった新人ばかりのチームに配属されました」

©2009 SQUARE ENIX CO.,LTD.All Rights Reserved.
CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA
『ファイナルファンタジーXIII』(2009年発売・プレステ3)

 周囲の人もみな新人なので、わからないことを聞ける人もいないという状況だったが、隣の部署には『FF』シリーズや『サ・ガ』シリーズなどのヒット作品を手がけるベテラン社員たちがいた。北瀬氏はそこで約10年、「イベントスクリプター」として修業を積む。ゲーム上のキャラクターの動きや表情の変化、音楽の鳴るタイミングなどは、すべてスクリプト言語と呼ばれるプログラムでできている。

 「キャラクターがある場所に行き、30秒経つと音楽が鳴る」といった台割りをスクリプト言語で記述していき、データとして打ち込むと、画面上でその通りにキャラクターが動く。監督が映画の撮影現場で役者に向かって演技を指示するように、イベントスクリプターはプログラミングによってゲームのキャラクターに「ここで右を向く」「目をつむる」といった指示を与えていく。ある意味で演出家のような仕事であった。

「自分が映画でやりたかった仕事がゲームの世界ではこういう仕事になるのか、と思いましたね」

 北瀬氏は『FF』シリーズの5作目からスタッフの一人として名を連ねるようになった。'94年に発売され「スーパーファミコンのポテンシャルを限界まで追求した」と言われる『FF VI』では、初めてディレクターとして製作の責任者を務める。'97年発売の『FF VII』からは、プラットフォームをプレイステーションへと移し、画像処理能力が飛躍的に向上したことから、作品世界も2次元から3次元へと大きく移り変わった。

『ファイナルファンタジー』(FF)シリーズの歴史
▼1987年
ファミコン用ソフトとして『FF I』発売

▼1991年
スーパーファミコン用ソフトとして『FF IV』発売

▼1994年
『FF VI』発売(ディレクターとして北瀬氏が制作責任者に)

▼1997年
プレステ用ソフトとして『FF VII』発売。
全世界で総出荷数1000万本超

▼2001年
プレステ2用ソフトとして『FF X』発売

▼2006年
『FF XII』発売。全世界で600万本以上の売り上げを達成

▼2009年
プレステ3用ソフトとして『FF XIII』発売

床がサーバーの重みで抜けるかも?

 その頃から北瀬氏が考えていたのは、「自分の周りにいるゲームに興味が無い人が、映画と同じような感覚で遊んでくれる作品を作りたい」ということだった。それまでは、ドット絵で作られた原色鮮やかなゲームと、リアルなドラマを追求する映画は、全然違う世界の表現であり、同じ軸で語られることはなかった。

「当時からスクウェアには、画像処理やハードの限界にどこまで挑戦するかというのが、文化としてありました。プログラマーたちも『こんなこともできる』と新しい表現を発見してはどんどん提案してくれて、面白かったですね。狭いゲームの世界ですごいとか、すごくないとか言い合っているのではなくて、カテゴリーを超えて評価されたいと思っていました」

 ハードがプレイステーションになることで、CGを技術として取り入れられるようになり、以前から北瀬氏が目標としていた「一般の人が何の事前情報も無くコマーシャルで映像を見たときに、映画と同列に感じてもらう」というレベルに踏み込めた気がした。

 『FF VII』は発売直後から爆発的に売上本数を伸ばし、国内ではトリプルミリオンを達成、そしてこの作品から海外のユーザーの支持が高まっていき、全世界で総出荷数1千万本に迫るシリーズ最大のヒットとなった。

「この作品から、まさにハリウッド映画を作っているのと規模的にも変わらなくなっていきましたね。2006年発売の前作『FF XII』で言えば、全世界で600万本以上売れましたが、あらかじめそれぐらいの数字の予測を基にして作品を作るようになっていった。開発スタッフや設備もどんどん大きくなっていき、あるときは画像処理のためのサーバーの重みで、ビルの床が抜けるんじゃないかと本気で心配したこともありました(笑)」

日本人の感覚のままで良かった

 最近では『FF』シリーズの売り上げは、北米・欧州地域を中心とする海外の方が大きくなっている。そのため作品作りも最初から世界市場をターゲットとするようになった。プロモーション用の画像を先行して発表すると、海外のユーザーからリアクションが来るようにもなった。その辺りからスタッフも世界を意識をするようになっていく。

「しかし『世界で売っていくためには』と、必要以上に強くなりすぎた時期もありましたね。たしか『FF VIII』で、作中のキャラクターがストーリー上『ごめんなさい』と謝るシーンがあったんですが、そこでお辞儀させているのを見て、『これは海外のユーザーに意味が通じないんじゃないか』と修正したこともありました。僕らはみんな普通の日本人なので、作っているとどうしても日本的なものが作品に反映される。それは仕方がない」

 『FF X』の発売前には、プロモーションのためにヨーロッパ5カ国をまわり、現地のゲーム系のメディアの取材に答えた。その際に北瀬氏は、イタリアの大学の講師から「なんで君たちは日本人なのにハリウッドナイズされたゲームを作るんだ?」と聞かれた。『バイオハザード』や『ストリートファイター』(ともにカプコン)などのゲームを原作とした映画がハリウッドで制作され、ゲーム業界とハリウッドの結びつきが強まりつつあったのである。北瀬氏はその質問を受けて「たしかにそのとおりだ」と思ったという。

「今はせっかく日本の土壌と感性でゲームを作れるんだから、それを大切にしたいと思いますね。面白いことに今回の『FF XIII』について、アメリカやドイツのゲームショーで向こうのメディアのほとんどの人から、『今回の作品は日本語のボイスは入るのか』と聞かれたんです。質問の真意は正確には分からないんですが、日本人がハリウッドの映画を劇場で観るときに、吹き替え版より英語版を見たいというような気持ちがあるのかもしれません。僕らが気にしていたよりも、世界の人は『日本人の感覚のままでいいよ』と考えてくれていたというのが、ちょっと目からウロコでしたね。今回の『FF XIII』にも、キャラが土下座するシーンがありますが、そのままにしてあります(笑)」

 現在はプロデューサーとして作品全体の予算とスケジュール管理にあたる北瀬氏だが、こだわりを持つ技術者たちを集め、一つの作品の完成に向かって進んでいく上で苦労は無いのだろうか。

「ハードのスペックと技術が上がっていくと、『どこまで作りこめばいいのか』というきりが無くなってしまうところがありますね。やればやるほど良くなるし、当然お金もかければかけるほど完成度は高まる。だから僕の大切な仕事は『ここでいいんだよ』というラインを示してあげることです。PS3という新しいハードで作っているので、その線は僕も含めて、誰も見たことの無いラインなわけです。我々が制作している最中にも、世界中から色んなゲームが出てくるし、それらを超えねばならないという意識は当然ある。前作が出たのが2006年、それから3年が経ち、ファンからの期待も高まっている。『FF』シリーズに求められる作品の質は必ずクリアしながら、市場をにらみつつ納期をどうやって間に合わせるか、ずっとそれを考えていましたね」

©2009 SQUARE ENIX CO.,LTD.All Rights Reserved. CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA『ファイナルファンタジーXIII』のワンシーン。キャラクターの表情はハリウッド映画も顔負けのグラフィック技術だ

文化としてゲームを確立させたい

 現在、『FF』シリーズは『ドラゴンクエスト』シリーズとともにスクウェア・エニックスの看板ゲームとなり、ゲーム業界でも非常に強い影響力を持つようになった。麻生太郎前首相の時代、日本政府はマンガやアニメを日本の重要な資産と位置づけ、国家的にも輸出産業として力を入れていくことを表明した。世界規模で数百億円を売り上げる『FF』シリーズは、日本が輸出できる「文化商品」として筆頭に上がるように思えるが、それに対して北瀬氏は「まだまだですよ」と断言する。

北瀬 佳範(きたせ・よしのり)
1966年生まれ。ゲームプロデューサー。日本大学藝術学部映画学科卒業。1年間、アニメ会社で主にCMや子供向けアニメの制作に携わった後に、1990年にスクウェア(現スクウェア・エニックス)入社。GB『聖剣伝説』や『ロマンシングサ・ガ』などを経て『ファイナルファンタジーV』からFFシリーズに参加。最新作『ファイナルファンタジーXIII』を含む多数の『ファイナルファンタジー』シリーズ作品のディレクター、プロデューサーを務める

「麻生さんの話で言えば、そういう文脈で出てくるのって、アニメとマンガじゃないですか。ゲームは出てこない。だから『普通の人』の視点から見て、ゲームはまだまだの存在だなと僕は思っているんですね。若者のカルチャーの代表格としてマンガやアニメほどは認知がされていない。まだ新興勢力として見られているのがくやしい。それは10年前から変わっていないですね」

 '09年の夏、東京のお台場に、ロボットアニメ『機動戦士ガンダム』の放映30周年を記念して等身大のガンダムが現れて話題となった。北瀬氏は家族でそれを見てショックを受けたという。

「休みの日のお台場ですので、家族連れの普通のお父さんたちが沢山その場にいました。ガンダムが首をまわしたり、腕からプシューッと蒸気が出るたびに『おおっ』と彼らからどよめきがあがるんですよ。それを見たときに、ガンダムという文化をその場にいたみんなが共有していることを実感しました。僕たちの作るゲームも早くそういう位置に持って行かないといけない」

 北瀬氏が数年前、子どもの小学校の入学式に行ったときのことだ。校長先生が挨拶で新聞を取り出し、「世の中でいまゲーム脳というのが問題になっています。親御さんたちは子どもにあまりゲームをやらせてはいけませんよ」と話した。

「あのときは悔しかったですね(笑)。でもその学校のプールの壁には、卒業制作の絵に『FF』に出てくるキャラクターが描かれていたんですよ。でも状況はちょっとずつ変わりつつある。今では普通にお母さんたちが任天堂のDSでレシピを調べたり、学校で勉強に使われたりするようになった。そういう意味では任天堂さんがゲームを文化として一段階、上に上げてくれたと言えますね。僕らも同じようにゲームの位置をさらに向上させていかねばならないなと思っています」

 12月17日に発売される『FF XIII』は、プレイステーション3というHD画質のハードで動く初めての作品となる。従来のテレビ画面では表現できなかった精緻なCGで表現された世界は、これまで見たこともない映像の領域に我々を連れて行ってくれるだろう。

 最後に北瀬氏に、『セオリー』読者にも沢山いると思われる「昔のゲーマー」たちに向けて、同作品のおススメの言葉を聞いた。

「10年ぐらいゲームにブランクのある方が、今の『FF XIII』を見たら、まずビジュアルにびっくりすると思います。実際に遊んでもらえれば、昔ゲームに熱中した感覚もすぐ思い出していただけるでしょう。ストーリーも単純な勧善懲悪の物語ではなく、映画と同じように感動できる話になっています。これまでのゲームを一歩踏み越えた、『作品』と呼べるものになっていると思いますので、ぜひやっていただけたらと思いますね」

〔文:大越 裕 編集:戸井 武史〕