ステファン・アインホルン賢者の知恵

2015年12月30日(水) ステファン・アインホルン

75歳で人生を後悔しないために、いま自分に問うべきこと
“やさしさ”こそ、成功への近道

「やさしさ」という技術』著者のステファン・アインホルン氏

ノーベル賞の選考委員会を擁する世界トップ医大・カロリンスカ医科大学で「学生が選ぶ最優秀教授」にかがやいた名医・ステファン・アインホルン。彼が書いた『「やさしさ」という技術』は人口900万人のスウェーデンで30万部を超える売上を記録した。その一部を特別公開する。

<第一回はこちら>やさしさは”性格”ではなく”技術”だ! あなたの人生をときめかせる魔法のテクニック

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なぜニューヨークの犯罪率は激減したのか

人間は生まれたときから、周囲の人をまねることで学び、成長していく。つまり、人間には模倣するお手本が必要だ。

周囲の大人が怒鳴り散らして怒る人ばかりだと、子供も大声で怒鳴り散らすようになる。不寛容な大人が周りに多いと、寛容であろうとは思わなくなる。ものごとを深く考えなくてもやっていけるとわかると、ものを考えないまま大人になる。

一方、周囲の人がものごとをじっくりと考えながら、思いやりの心で接してやれば、子供は同じように他人と接するようになる。私たちには、両親、兄弟姉妹、友人、先生など、模倣すべきロールモデルが必要だ。

「大人の場合、子供と同列には論じられないでしょう」とあなたは言うかもしれない。だが同じなのだ。自覚するかしないかにかかわらず、大人にも尊敬できてまねをすべきロールモデルが必要なのである。

尊敬できる上司、パートナー、有名人、親友など、自分にふさわしい人を選べばいい。思いやりのあるロールモデルを選ぶことが重要だが、あなた自身が他人のよきロールモデルとなることも重要だ。そう、周囲から見れば、あなたもロールモデルの候補なのだ。

他人のロールモデルとなることは、生涯を通じて引き受けるべき大きな責任である。どう行動すべきかを他人に示さなければならない。人は通常、自分が見たこと、経験したことにもとづいて行動するからだ。

ロールモデルにならって行動したことによって、ネガティブな結果を招くこともある。医学部の学生を対象にした、患者への共感力に関する研究がある。それによると、学生の共感力は、在学中に減少していることがわかった。原因は、ロールモデルとなるべき教員たち自身が共感力を失っていたことにある。

家族でも、学校でも、職場でも、いいロールモデルは周囲にすばらしい影響を与えることができる。よい行動、思いやりのある行動は、水面の輪のように広がっていく。指導的立場にある人の場合はなおさらだ。

作家のマルコム・グラッドウェルは、著書『急に売れ始めるにはワケがある』(邦訳はSBクリエイティブ刊)のなかで、人間社会で「変化」がどのように起こるのかを説明している。

グラッドウェルによると、カギとなる人物が、あるときそれまでとは決定的にちがう行動を起こす。それによって周囲の人々の行動にも変化が起こり、やがて流行病のように社会全体に広がっていくのだという。

〔PHOTO〕gettyimages

ひとつ例をあげてみよう。

ニューヨーク市では、1990年代に犯罪率が劇的に低下した。特に殺人事件は3分の2まで減少し、暴力事件も半分に減った。その影響を受けて、麻薬関連の事件や初犯者の割合、失業率も低下した。

なぜニューヨーク市民の行動がこれほど劇的に改善したのか? それは市長など決断を下すべき立場にある人が、特別な戦略をとったからだ。大きな犯罪に焦点を当てるのではなく、ちょっとした不法投棄や落書き、地下鉄の無賃乗車など、小さな犯罪に焦点を当て、重点的に対策を施したのである。

彼らは同時に、「どんな小さな犯罪も許さない」というメッセージを市民に送った。そうこうするうちに、犯罪に荷担しているキーパーソンが犯罪は得にならないと悟ると、その考えが伝染病のように広がっていった。その結果、法や秩序を守る人が劇的に増えたのである。

特別な人間の行動が、多くの人の行動を劇的に変える――グラッドウェルが紹介したこの考えのすばらしいところは、ひとりの人間が世界を変えることができるという点だ。

世界には「人にエネルギーを与える人」と「人からエネルギーをもらう人」の2種類がいる。後者は自分の力を出し惜しみしていて、それを強めようとはしない。前者は、自分のエネルギーを他人に分け与えても、エネルギーが尽きることはない。私たちは前者になる道を選べるのだ。

私たちは他人を模倣し、他人は私たちを模倣する。私たちはたくさんの人の人生に影響を与えていて、たくさんの人は私たちに影響を与える。人間であること、仲間であることには、大きな責任がともなうのだ。

75歳で人生を後悔しないためにすべきこと

人間は、一次元の統計上の存在ではない。私たちは、変化しない、柔軟性のない存在ではない。人間は水晶のようなものだ。光を当てる面によって、私たちの個性はさまざまなスペクトルを見せる。

人はそれぞれ、目的を達成するための手段をたくさん持っていて、与えられた時間のなかで、自分でどの手段を選ぶかを決める。つまり「私はいつでも私」であり、置かれた状況しだいで行動のしかたは大きく異なる。

要するに、あなたの個性を変える必要はないということだ。個性のどの面に光を当てるかを選べばいいだけだ。私たちは他人の個性を変えることはできないが、自分自身を変えることはできる。自分自身を変えることによって、私たちは無限の力を持つことができる。

大切なのは、つい忘れてしまいがちな、簡単なことをいくつか理解することである。

・私たちは、直面している問題の一部である
・私たちは、問題を解決する力を持っている
・私たちは、人生の途中で多くを学ぶことができ、それによって個として成長する

人生で何かを変えたいと思うなら、その責任を引き受けるべきはあなた自身だ。あなた以外の誰の責任でもない。そして、目の前に障害があれば、それが本物の障害なのか、それとも単にやりたくない言い訳なのかを判断すべきだ。

どうやって行動を起こせばいいいのだろう? 

最初のステップは「状況を変えよう」と決めることだ。頭で決めるだけでなく、心から決めること。次のステップは、立ち上がって、自問自答する時間を設けること。自分について熟慮するのだ。

自分に問いかけるべきことの例をあげてみよう。

・自分のためにしているか?
・他人への接しかたは適切か?
・正しいことをしているか?
・なぜそうするのか?
・何が大切か?

人はときどき(いつもでなくていい)、自分はどこにいるのか、自分はどういう人間なのか、どこに向かっているのかを熟考する必要がある。デルポイの神殿には、門の上部にこんな碑文がある―「己を知るべし」。その目的は高尚なものでなくてもいい。

自分を理解することは内的成長に欠かせない。正しい人生を歩んでいるかを確認するには、次のふたつの質問に答えてみるといい。

〔PHOTO〕iStock

最初の質問はこれだ。「もしあなたが75歳だとして、自分の人生を振り返ったとき、楽しい人生だったと満足できるだろうか?」

この質問に「イエス」と答えられたら、あなたは成功への道の半ばにある。答えが「ノー」だったら、ものごとを考え直す必要がある。

次の質問。「余命1年と宣告されたら、あなたは何をするか?」

今の生活をそのまま続けたいと思ったら、あなたは正しい道を進んでいる。そうでなければ、少し考え直したほうがいいだろう。

簡単に答えが出せる問いではないし、この問いだけですべてがわかるわけでもない。重要なのは、あなたの行動そのものだ。

成功への道を進んでいるときには、自分を見つめることが重要だ。私たちは立ち止まって、自分は今、心から重要だと思える目標に向かっているかを確認しなければならない。「何かがちがう」と思いながらも、安心だからとか、慣れ親しんでいるからといった、さまざまな理由で、私たちはなかなか進路を変えようとしない。

精神科医のヴィクトール・フランクルは次のように述べている。

「成功は、追い求めるだけではやって来ません。自分にとって意味があることをしていれば、成功はおのずとやって来るのです」

そしてこうも語っている。

「あなたの心が、何をしろと主張しているのか、どうすべきだと指令を出しているのか。心の声を聞いたほうがいい。長い目で見れば、成功するかどうかなど気にも留めないからこそ、成功のほうからあなたのもとにやってくるのです」

フランクルは正しいと思う。目標に向かって努力して、それが達成できたとしても、手にするのは虚しさだけだ。さらに新しい目標に向かって邁進しても、ふたたび同じ虚しさが生まれる。

だが、自分にとって意味があると心から感じていることに集中すれば、虚しさとは無縁だ。代わりに、正しい道を進んでいるという実感、意味のあることをしているという実感が得られる。結局のところ、手を縛られていたら、私たちはどこにもしがみつくことができないのだ。

自分にとって重要なことに没頭していると、ときどき、「自分は前に進んでいる」という実感がわき上がってくる。それまで感じることのなかった力を、心のなかに感じることができる。必要なときに必要な力がわいてきて、それまで対処できると思ってもみなかった業務や、難しい状況にも対処できるようになる。

この力がどこからわいてくるのかは、本書のテーマではないので、私は確かな解答を持っていない。私たちは、自分の力が必要とされて、自分にも何かができるとわかると気分がいい。

ひとりの人間にとって大きな意味を持つことが、他の多くの人にとっても意味を持つ必要はない。そうではなくて、大切なのは仲間と一緒に何かをなすことの重要性を感じることだ。自分の子供の世話をすることに意味があると感じること。困っている友人に手を貸すこと。森に樹を植えること。

ヘレン・ケラーは、子供のころに視覚も聴覚も失ったが、周囲とコミュニケーションをとる方法を習得してこう言った。

「私は大きな意味のある、崇高な仕事をしたいと強く望んでいます。でも、私のもっとも重要な務めは、ささいなことを大きな意味のある、崇高なことのようにやりとげることなのです」

この「ささいなこと」に、すばらしい意味がある。

すべての人間が、大きな町を建設したり、森に植林したり、メトロポリタン美術館で上演されるオペラのシナリオを書いたりする必要はない。

すべての人間がハリウッドスターになったり、ノーベル賞をとったり、オリンピックで金メダルを獲得する必要もない。いわゆる著名人が、かならずしも意味のある人生を送っているとはかぎらない。

人生は計り知れないほど豊かで、意味あるものだ。問題は、私たちが忙しすぎて、重要なことや意義のあることをなかなかできないことにある。できたとしても、私たちはそれらがどれだけ意義ぶかく、どれほど重要かをかならずしも理解しているわけではない。

だからこそ、私たちは立ち止まって周囲を見渡し、自分の行動を見直すべきだ。そして私たちは、何が意義ぶかくて何がそうでないかをを判断する能力を養うべきなのだ。

余命いくばくもない難病患者が、生きることがどれだけすばらしいかと話してくれる瞬間に、私は何度も立ち会ってきた。彼らは日常生活に、鳥の歌に、毎日の人との出会いに意味を見いだす。それは正しいことだ。私たちが日々当然のように享受していることの多くには、大きな意味があって、すばらしいことなのだ。私たちにそれを見たり、聞いたり、感じたりする余裕がないだけである。

どうしたらものごとの意味を見いだせるのだろう? 私たちはその答えを自分自身のなかに探さなければならない。そのために必要なのは時間と意欲だ。自分を振り返る時間を持つことだ。そしてときには、誰かにアドバイスを求めること。他人の視点は、ひとりではどうにもできないと思える状況に、解決のヒントを与えてくれることがある。

私がタバコを吸い始めたのは17歳のとき。両親はふたりともがんの専門医で、当然のことながら私の喫煙をいやがったが、私は一向に気にしなかった。

3年ほどたつと、口蓋が固くなってきたのを感じるようになった。それから数週間後、父親に診てほしいと頼んだ。父は私の口のなかと目を診て、深刻な声で言った。

「ステファン、がんになりかけているぞ」

私はすぐにタバコをやめた。すると口蓋の問題も消え去った。

今になってみると、父親の診断が正しかったのかは疑問だ。だが父は私にタバコをやめさせることに成功した。人は、目的のために手段を選ばないこともある。

父が成功したのは、外的影響を与えることによって、私の内的動機を生み出すことができたからだ。人を前進させるには、内的動機づけが重要となる。それによって、努力したり、解決策を見つけたりできるようになる。他人を直接的に動機づけることは難しいが、間接的に動機づけることは可能である。

しかし、他人と一緒に自分自身を振り返る必要が、つねにあるとはかぎらない。ときにはひとりになって、自分の力で内省することも必要だ。

私たちが生きている社会では、内省し、自分と向き合い、自分はどういう人間か、どこに向かっているのか、なぜそこへ向かっているのかと自問自答する時間がほとんどない。

答えを得るのは簡単ではないが、ここで、スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメルの言葉を紹介しておこう。

「森のなかにぽっかりと沼地がある。森に迷い込んだ者だけがそれを知っている」

めったにないが、トイレの落書きからひらめきを得ることもある。次に紹介するのは、公衆トイレの壁に書かれているのを見つけ、書き留めておいた言葉だ。このフレーズは、一考の価値のある真実をついている。

「死の淵にありながら、会社に行って仕事をしたいと思っている人を、私は知らない」

著者インタビュー「“やさしさ”こそ、成功への近道だ」

ステファン・アインホルン氏

――『「やさしさ」という技術』が日本で発売されました。これはどういった本なのでしょう?

アインホルン:これは「kindness(やさしさ/親切)とは何か?」についての本です。本書のメッセージは、ひとことで言えば「やさしさは技術であり、この技術を磨くことには、みなさんが想像する以上に大きなメリットがある」ということです。

――どうして本書を書こうと思ったのでしょうか?

アインホルン:本書を書こうと思った理由は「“やさしさ”こそ、成功への近道だ」という事実を皆さんにもっと知ってもらいたかったからです。ここで言う「成功」とは、個人にとっての成功みならず、企業や国家といった集団にとっての成功、そして私たちが生きる社会全体にとっての成功です。

私は勤務先のカロリンスカ医科大学をはじめとするさまざまな場所で、専門である分子腫瘍学の講義のほかに、倫理と対人コミュニケーションについてのレクチャーを長年行っています。

その過程で気づいたんです――「やさしさ」と「知恵」、この2つこそが私たちの人生でもっとも大事な要素なのだと。そこで前者を本書『「やさしさ」という技術』にまとめたわけです。ちなみに後者は、本書の4年後に『Vägar till visdom』という別の本にまとめました。

――本書はスウェーデンだけで35万部(2015年11月現在)を売り上げています。スウェーデンの人口は950万人ですから、日本でいえば400万部以上という記録的ベストセラーです。執筆中、これほど多くの読者に受け入れられることを予想していらっしゃいましたか?

アインホルン:これほど大ごとになるのを事前に予想するのは不可能ですよ。「やさしさ」のような地味なテーマの本がベストセラーになるなんて、私をふくめ誰ひとり予想しなかったはずです。でも結果としてここまで多くの人に受け入れられたことを幸せに思います。「やさしくなりたい」と考える人がそれだけいる、ということが分かったわけですからね。

――本書のキーワードの1つは「倫理」です。「1人を殺せば5人が助かる状況があるなら、その1人を殺すべきか?」といった、私たちが直面するさまざまな「倫理のジレンマ」についても、教授は本書で踏み込んで論じていらっしゃいます。このジレンマは日本でも有名になったハーバード大学のマイケル・サンデル教授の授業を思い起こさせます。

アインホルン:サンデル教授のレクチャーはネットで拝聴していますよ。私のお気に入りです。巧みなコミュニケーションで学生をまきこみながら講義を進める手腕には心底脱帽しています。人は自分の人生をいかに生きるべきか、人生で直面する倫理のジレンマといかに向き合うべきか、というテーマにおいて、サンデル教授と私の関心は明らかに一致していると思います。

――最後に、日本の読者へのメッセージをお願いします。

アインホルン:人間という生き物は、純粋に「善」でもなければ「悪」でもありません。私たちは両方の要素を持っています。ですが人間は前者が勝っており、そうでなければ進化の過程でこんにちまで生き残ることはできなかったわけです。

2011年の東日本大震災のような悲劇的事態は、人間が持つ善悪の両面が顕在化する局面です。ですから、日本の被災者の方々が暴動や略奪に手を染めず、互いにいたわりあい、手を差し伸べあったことには、心から敬服すると同時に、私が本書で書いたことは正しかったという確信を得ました。そんな日本で本書が出版されることを、とても誇りに思っています。

<了>

「やさしさ」という技術――賢い利己主義者になるための7講(著者:ステファン・アインホルン、訳者:池上 明子)
(飛鳥新社、税込み1,620円)
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