週刊現代賢者の知恵

2014年03月03日(月) 週刊現代

関係者たちが固唾を呑む「STAP細胞」捏造報道 小保方晴子さんにかけられた「疑惑」

なぜ、こんなことになったのか。世界が将来の発展に期待した、新万能細胞STAP細胞。うら若き開発者である小保方晴子さんの論文に、次々と疑義が呈されている。劇的な名誉挽回はあるのか。

すでに「ミス」は認めている

「私は、いまとなっては小保方さんたちの研究を、非常に懐疑的に見ています」

ケンブリッジ大学幹細胞研究所のジョゼ・シルヴァ博士は、こう語る。

「最初は徹底的に研究されているように見えました。しかし、彼女らが『ネイチャー』に発表した論文には、いくつものミスが含まれていたのです」

画期的な研究成果だけでなく、30歳という若さやチャーミングさ、「割烹着で研究」という個性的なスタイルで〈美人研究者〉〈リケジョの星〉などと報道が過熱した、理化学研究所の小保方晴子ユニットリーダー。

「ノーベル賞確実」と騒がれ、前途洋洋に見えた彼女の研究に、思わぬ疑惑が投げかけられている。

「夢の若返りも可能かもしれません」

と小保方さんが発表で述べた、新発見の細胞。

ノーベル賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授が開発したiPS細胞に似た性質を持ちながら、作製方法は格段に簡単。

〈マウスの細胞をオレンジジュース程度の弱酸性の液体に浸すだけで、体のどんな細胞にも成長できる万能細胞にすることができた〉

学問的にも常識を覆す大発見であり、再生医療での幅広い応用も期待できる新技術—。

そんな夢のような存在として大々的に発表されたのが「STAP細胞」(スタップさいぼう=刺激惹起性多能性獲得細胞)だった。小保方さんらの研究をまとめた論文は、1月29日付で世界的な科学誌『ネイチャー』に掲載された。

「ところが2月上旬から、海外の論文検証サイトPubPeerなどで論文に『不自然な点がある』などと指摘され始めたのです。専門家からも『本当にSTAP細胞ができたのか、間違いではないのか』と疑う声が出てきました。小保方論文への逆風は、急速に強まったのです」(全国紙科学部記者)

これを受け、理化学研究所は2月13日から調査を開始。新聞やテレビも「小保方論文に疑惑あり」と次々報じた。「最悪の場合、捏造なのではと囁かれている」などと伝えるメディアさえ出てきている。

論文を掲載した『ネイチャー』も、17日付のニュースで異例の独自調査を始めたことを明かした。

いったい、小保方論文の何がそれほどまでに問題とされているのか。

複数ある指摘のなかでも、すでに「ミス」と著者サイドが認めているポイントがある。

それは、STAP細胞から作られたマウスの胎盤の写真と、別の方法で作った比較対照用の写真が同じ胎盤を撮影しているとされた点だ。

「もっとデータの公開を」

論文の共著者で、胎盤の写真の撮影を担当した山梨大学の若山照彦教授はこれについて、

「STAP細胞を使って作製した複数のマウスの胎児の写真を何百枚も撮影したため、小保方さんが同じマウスの写真を2回使ってしまった」

として、単純ミスだと説明している。

しかしその上で、2枚目の写真はあくまで比較対照用であり、「STAP細胞でマウスや胎盤ができた」という事実は揺らがない、として研究の正確性への影響を否定しているという。

ちなみに若山教授は'97年、クローン羊のドリーの論文が発表された後、1年半をかけてマウスの体細胞クローンを生み出し、技術の有効性を証明した功労者。無責任な発言をするような人ではないと、STAP細胞には懐疑的な研究者ですら信頼を寄せている人物だ。

信頼のある共著者が率直にミスを認めた形となった小保方論文だが、素人目に疑問なのは、科学界では論文を「間違えました、直します」と言って許されるのかという点だろう。

カリフォルニア大学デーヴィス校医学部で再生医療の研究に携わる、ポール・ノフラー准教授はこう話す。

「論文に、誤植などの小さな間違いは比較的よくあります。

しかし画像の混同といった手違いは大問題であり、過去には論文撤回の理由になったこともある。本当に全体の結果に影響しないか精査しないといけません」

さらに指摘されているのが、小保方さんらが公開すべきデータを正しく公開していないという問題だ。

『ネイチャー』に小保方論文のような分子生物学系の論文を投稿する際は、「実験に使った遺伝子の情報を公開の遺伝子情報データベースに登録する」という規定があるという。

だが今回の小保方論文は、正確なデータの公開が行われないまま掲載されてしまった。これでは研究成果が真実なのか、第三者が検証できないと、前出のケンブリッジ大学・シルヴァ博士は厳しく批判する。

「データの届け出を行っていないことは最大の問題です。そのデータがあってこそ、世界中の科学者が論文の主張を確認できるのです。この手違いひとつをとっても、論文は発表されるべきではなかったと思います」

そして人々の疑念を一層深めているのが、発表から1ヵ月近く経ったいまもなお、世界中のどの研究所でも再現実験(追試)が成功していないことだ。

前出のカリフォルニア大学デーヴィス校・ノフラー准教授も、STAP細胞の発見のニュースを聞いて期待に胸を躍らせ、自ら追試を試みたという。だが、結果は失敗。ならばと自らのHPで世界の研究者に追試の成果を書き込んでくれるよう呼びかけたが、集まったのは期待に反して、「失敗」の報告ばかりだった。

誠実な説明が必要

「もしSTAPが作製されたことが確かなら—私はそう願っていますが—ほとんどの研究室では再現できないような、非常に難しいテクニックだということでしょう。私は小保方さんたちが、STAP細胞を作る『手順』に特化した、新しい論文を出すことを期待します」(ノフラー准教授)

2月20日現在、こうした疑問に対して、小保方さんや理研サイドからは何の発表もなされていない。それがさらなる疑心暗鬼を呼び、「まさか本当に致命的なミスか、データの捏造があったのか—」などと不信感が広がる原因となっている。

一躍、日本国民の希望の星と目された小保方さん、そしてSTAP細胞はどうなってしまうのか。

iPS細胞を使った再生医療研究を進める横浜市立大学大学院医学研究科の武部貴則准教授はこう話す。

「まだ追試で再現性が取られていないのは仕方がないと思います。『ネイチャー』に載る論文は本来、発見に至るストーリーを中心に語るもの。具体的な実験方法の詳細は今後、公表されていくのでしょう。『細胞に刺激を与えるだけ』と言っても、培養液の温度など細かい条件がある。培養に職人芸が求められる場合もあります」

山中教授に密着取材し、共著も著したサイエンスライターの緑慎也氏も、追試の成否を見るには1年程度は待つ必要があると話す。

「ただ『ネイチャー』のような一流科学誌に載ったから結果に絶対、間違いないかと言うと、残念ながら話はそう単純ではありません。

たとえば'05年に問題となった韓国の黄禹錫教授の事件。ES細胞の研究で『韓国の誇り』と呼ばれた権威ですが、米国『サイエンス』誌に掲載された論文のデータは捏造されたものでした。山中教授も黄教授と面識があり、大変なショックを受け、自分のiPS細胞も疑念を抱かれてはいけないと発表を約半年遅らせて徹底的にデータを取り、公開することにしたのです」

そもそも科学誌側は、独自に再現実験などをすることはなく、あくまで論文を専門家が読んで評価することで、掲載の可否が決まる。

黄教授の事件のように、著者が有名な研究者だったり、小保方さんの論文のように共著者が世界的に名の知られた研究者だったりする場合、チェックする側も「内容も大丈夫だろう」と判断してしまうことがあるという。

一方、沈黙を続けるうちに小保方さんに対する疑惑は拡大。今回の論文と直接関係ない、留学中に発表した論文でも〈画像の使い回しがある〉と指摘され、母校の早稲田大学や留学先のハーバード大学が調査を開始する事態になっている。

急転直下、ピンチに追い込まれた小保方さん。共著者である若山教授を取材した緑氏によると、同教授は、

「『ネイチャー』編集部にも初めは成果を信じてもらえず、何度も論文を書き直した。世間にすぐ受け入れられないことは予期していました。それにこうした実験には文章化できないコツのようなものがある。手順やデータを次第に公開して、世間を説得するしかない」

と冷静に見ているという。かつて若山教授が証明した体細胞クローン技術も再現実験がうまくいかず、なかなか信じてもらえなかった。苦労の人なればこその落ち着きだが、これが最初の大仕事だった小保方さんにとっては、初めての試練だ。

理研もHPのトップに誇らしげに掲げていた小保方さんとSTAP細胞に関する記述を削除するなど、態度を一変させた世間の風の冷たさは容易ならざるものになっている。

いずれにしても、ことここに至っては、疑念を払拭する道は限られている。形勢逆転のためには、ミスの経緯を明かし、必要なデータを公表する、小保方さん自身の言葉や理研の誠実な説明が必要だろう。

「週刊現代」2014年3月8日号より