ジョセフ・スティグリッツThe New York Times

2013年02月12日(火) ジョセフ・スティグリッツ

ジョセフ・スティグリッツ「もっとも価値ある資源である若者を浪費するな!『格差』が米国経済の回復を妨げている」

 オバマ大統領の再選についてはロールシャッハテストのように、種々な解釈ができる。今回の大統領選では、民主共和両陣営が、私が極めて憂慮している問題について議論した。すっかり根付いてしまったような経済の沈滞、そして、結果のみならず機会までも不平等という1%と残り99%の人々の間で拡大する格差。私には、これらの問題はコインの表裏に見える。

 すなわち、世界大恐慌前からこのかた最高水準という不平等を引きずったまま、米国が短期間に力強い経済回復を実現するのは難しく、懸命に働いた見返りに豊かな生活を約束するアメリカンドリームは、徐々に死につつある。

 政治家は概して、増大する不平等と緩慢な回復をバラバラの現象として話す。しかし事実は、二つは絡み合っているのだ。不平等は経済成長を押さえつけ、制限し、妨げる。

 自由市場志向の雑誌、英エコノミストさえ10月号の特集で論じたように、この不平等の規模と性質は米国にとって深刻な脅威を意味しており、われわれは、何かがすごく間違ってしまったことを知るべきなのだ。しかし、40年にわたる不平等の拡大と大恐慌以来の最大の経済不況にもかかわらず、それに何らの対処もしてこなかった。

5分の一の子供たちが貧困状態---先進国中でも常軌を逸した米国

 不平等が回復を押さえこんでいる原因は4つある。最も直接的な原因は、米国の中間層が、歴史的に成長の原動力となってきた消費者支出を支えきれないほど弱体化したということだ。

 トップ1%が2010年度の所得の伸びのうちの93%を獲得する一方、所得を蓄えるよりは消費に回す確率が高く、ある意味では、真の雇用創出の元である中間層世帯の家計所得は、インフレ調整後、1996年より少なくなっている。金融危機前10年の成長は、最下層80%の消費者がその所得の110%を消費することの上に実現された、持続不可能なものであった。

 第2は、1970年以降の中間階級の空洞化。これは、1990年代にほんの一時期中断したことがあっただけだ。空洞化は、中間階級が自分や子供たちを教育し、ビジネスを起こしたり拡大したりして将来に投資することが不可能であることを意味している。

 第3に、中間階級の弱体化は税収を抑える。特に、最上層の連中が納税逃れと、ワシントンを動かして税制上の優遇措置を得ることに巧妙なことが、その理由だ。年収40万ドル以上の個人と、年収45万ドル以上の世帯に対して、クリントン政権レベルの限界所得税率を回復させるという最近の控えめな合意も、焼け石に水だ。

 ウォールストリートの投機で手にした利益に対する税率は、他の収入に課せられた税率よりもはるかに低い。税収入が少ないということは、政府が、長期の経済力回復には必要なインフラ、教育、研究、健康などへの投資をできないということだ。

 第4に、不平等は、より頻繁かつより厳しい好不況の波と関係があり、経済をさらに乱高下させ脆弱なものにする。不平等の直接の結果として金融危機が起きたわけではないが、深刻な所得と富の不平等の直近の例である1920年代が、29年の大暴落と大恐慌によって終わりを告げたことは決して偶然の一致ではない。IMFは、経済的な不安定と経済的な不平等の間には体系的な関連性があると言及したが、米国のリーダーたちはその教訓を理解しなかった。

 よく働き能力があれば誰でも「一旗揚げられる」という米国の能力主義的理想に大きく反するこの天井知らずの不平等の意味するところは、限られた資力しかない両親のもとに生まれた者は、自分の可能性を決して実現できないということだ。

 カナダ、独、仏、スウェーデンなど、他の富裕な国の子供たちは米国の子供たちに比べて、両親の生活水準を超える機会に恵まれている。米国の子供たちの5分1以上は貧困層に属し、これは先進経済国中でも下から二番目、ブルガリア、ラトビア、ギリシャにも劣る。

富の増加の大部分は富裕層のものに

 米国社会は、最も価値ある資源、すなわち若者たちを浪費している。我が国に移民を惹き寄せた、より良い暮らしという夢は、以前にもまして拡大する収入と富の亀裂によって叩きつぶされている。1830年代にアメリカを旅し、アメリカ人の気質のコアにあるのは平等主義へ熱い思いだと結論づけたアレクシス・トクヴィル(注:フランス人思想家・政治家。『アメリカのデモクラシー』著者)は、あの世で身もだえしているに違いない。

 たとえ米国の不平等問題を正すという経済的至上命令を無視できたとしても、それが社会構造や政治生活に与えているダメージについて懸念しなければならない。経済的不平等は、政治的不平等と意思決定過程の破綻をもたらすからだ。

 アメリカ人すべてを救済するというオバマ大統領の公約にもかかわらず、不況と、それへの対処がもたらした根強い副作用により、事態はますます悪化した。2009年に救済資金が銀行に注入される一方で、同年10月の失業率は10%に跳ね上がった。

 現在の失業率(7.8%)が一見改善したように見えるのは、多くの人々が労働市場から脱落したり、再就職を諦めたり、あるいは正社員の仕事がないのでパートタイムの職についたりしたことによる部分が少なくない。

 高い失業率は、もちろん賃金を押し下げる。インフレ調整をしたあとの実質賃金は、横ばいか下落だった。2011年度の標準的な男性労働者の年収(3万2,986ドル)は、1968年度(3万3,880ドル)を下回っている。その結果としての税収減は、州や市町村に下層や中間層に不可欠な福祉サービスの削減を強いてきた。

 多くのアメリカ人にとって最も重要な資産は住宅である。そして住宅価格が急落したことで、特に住宅に多額のローンを組んだ多くの人々の財産が失われた。純資産がマイナスとなった人々があふれ、平均世帯の財産は2007年度12万6,400ドルから2010年度には7万7,300ドルへと、40%近くも下落した。現時点で、そこからの回復は微々たるものである。大恐慌以来、国の富の増加分の大部分は、最上層の人々のものとなった。

 その間、収入が停滞するか下落する一方で、授業料は高騰した。現在の米国では、出世への唯一の確かな道である教育を受けるための主な方法は、借金である。現在1兆ドルに上る学生ローンの負債は、2010年に、クレジットカードの負債を初めて上回った。

 学生ローンの負債は、破産しても、帳消しになることはまずない。ローンに共同署名した両親は、たとえ子供が亡くなった場合でも、かならずしも負債を免除されるわけではない。負債は、たとえその学校が利益目的で搾取的な金融業者によって運営され、誤解をまねくような甘言で学生を勧誘し、ろくな教育もせず、学生がきちんとした職につけなかったとしても、免除されないのである。

銀行に緊急援助したが労働者と学生には十分投資しなかったオバマ

 銀行に金を注ぎこむ代わりに、ボトムアップ式に経済の再建ができたはずだ。われわれは"水面下"の人々、つまり、不動産価値以上のローンを抱える人々に、もし不動産価格が回復したら利益の一部を銀行に戻すことを条件にローン元本を減額し、一からやり直せるようにしてやることができたはずだ。

 若者が失業すれば、そのスキルも退化することだって認識できたはずだ。若者は誰でも通学しているか、トレーニングプログラムに参加しているか、就業しているかの状態にいることを確実にすることができたはずだ。ところがその代わりに、若者の失業率が全米平均の2倍に上昇するようにしてしまった。

 金持ちの子供は、多額の借金をせずに大学に在籍したり大学院に行くか、履歴書に磨きをかけるため、無給インターンになったりするができる。しかし、中間層や下層の人間にそんなことはできない。われわれは今、将来のさらなる不平等の種を今まいているのである。

 もちろん、オバマ政権だけが責められるわけではない。ジョージ・ブッシュ大統領の2001年度と2002年度の法外な富裕層減税と何兆億ドルも費やしたイラク、アフガニスタン戦争で、国の貯金箱は空になり、巨大な格差をさらに悪化させた。このブッシュの共和党は、最近新たに、金持ちへの減税と貧しい者への福祉のカットという形での財政規律に入れ込んでいるが、まさに偽善の極みである。

 不平等に関するあらゆる種類の言い訳が揃っている。ある者は、これは制御不能であるとし、グローバル化や貿易自由化、テクノロジー革命や「その他諸国」の興隆のような市場要因を指摘する。何か対応策を講じれば、すでに止まりそうな経済エンジンを押さえつけて事態を悪化させるだけ、と主張する者もいる。これらは私利私欲に駆られた、馬鹿げた嘘言である。

 市場の力は真空の中から生まれるわけではない。われわれがそれを形成するのだ。急速に成長するブラジルのような国々は、事業のチャンスとより高度な成長を創造する一方で、不平等を縮小するやり方で市場の力を形成した。われわれよりもずっと貧しい国々が、若者全てに食料と教育とヘルスケアを行き渡らせ、自らの希望を実現できるようにする道を選んだのだ。

グローバリゼーションを利用した企業の「脅し」

 米国の法的枠組みとそれを施行する方法は、経営責任者への法外な報酬、集中した権力を不正に利用する独占力など、金融部門が悪用できる余地をたっぷり与えてしまった。

 確かに、市場はある種のスキルを他のスキルより高く評価するから、そのスキルの持ち主はうまくやってゆく。また確かに、グローバリゼーションと技術の進歩により、製造業のよい職種が失われ、それは二度と復活しそうもない。単純に生産力が向上したためにグローバルな製造業の雇用は縮小しており、米国は縮小する新規職種の中でさらに縮小するシェアを獲得することになりそうだ。

 たとえわれわれが失われつつある職を「救済する」ことができたとしても、それは単に高収入の職を低収入の職に転換させただけであり、とても長期戦略にはなり得ない。

 グローバリゼーションとそれに対するバランスを欠いた追随は、労働者から交渉力を取り去った。企業は、どこか他国に移転すると脅すことができる。特に税制がそうした海外投資に非常に有利な場合はそれができる。これが組合を弱体化させた。

 組合は時に硬直さを生む要因とはなったが、今回のグローバル金融危機に最も効果的に対応したドイツやスウェーデンのような国には、いずれも強力な組合と強力な社会的救済のシステムが存在する。

不平等を軽減することが成長を促進する

 オバマ大統領の2期目が始まった今、全ての人は、不平等と直接取り組む政策なしに、米国は早期に意味ある回復を成し遂げることはできないという事実を直視しなければならない。必要とされているのは、少なくとも相当額の教育投資、より進歩的な税制、そして金融投機への課税を含む包括的対応である。

 グッドニュースは、今、われわれは新しい考え方の枠組みでアプローチするということだ。すなわちこれまでは、もう少し平等と機会を増やすために、成長をどの程度犠牲にしても良いか、と問うてきた。しかし今は、不平等のためにわれわれは高い代償を払っており、不平等を軽減することと成長を促進することは絡み合い、補い合う目標であるとはっきり理解している。

 ついにこの悩ましい社会的病弊に対処するために、いかに勇気と先見の明を結集するかは、指導者たちを含めたわれわれ全員の双肩にかかっている。

(Jan.19, 2013 松村保孝/訳)

ジョセフ・E・スティグリッツ /ノーベル経済学賞受賞(2001年)。コロンビア大学経済学部教授。クリントン政権で経済諮問委員会委員長、その後、世界銀行で上級副総裁、主席エコノミストを務めた。いま世界的にみて、最も活動的で影響力のある経済学者の一人である。最新邦訳は『世界の99%を貧困にする経済』。
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