週刊現代賢者の知恵

2010年03月20日(土) 週刊現代

東大教授が匿名で明かすホンネ
ピンは変わらない、キリは劣化
「東大までの人」と「東大からの人」第2弾 vol.3

「東大までの人」と「東大からの人」第2弾 vol.2 はこちらをご覧ください。

 ジャーナリストの立花隆氏は、'01年に刊行された『東大生はバカになったか』の中で、
「ついに東大でも高校の補習が始まった」
「理系の学生がニュートン力学や生物を勉強していない」
「地球1周の長さなど、簡単な質問が答えられない」
  などと、衝撃的な東大生の学力低下の例を紹介し、「なるほど東大生はバカになった」と論じて大きな反響を呼んだ。

 それに対して、当時26歳だった元東大生の谷田和一郎氏は、著作『立花隆先生、かなりヘンですよ―「教養のない東大生」からの挑戦状』の中で、「指導要領が変わったり、簡単な質問に答えられなかったからといって、東大生がバカになったと論理的には言えない」と反論し、特に理系出身者の支持を得て話題となった。

ほんとにバカになった?

 東大生は実際、バカになったのか。日々東大生と向き合っている教授たちは、彼らのことをどう見ているのだろうか。

「たしかにかつての東大には、"天才"と呼べるような学生が全国から集まっていましたが、今は昔と比べてレベルが落ちたように感じます。やはり、塾や中高一貫校などの受験システムが確立されて、そのお蔭で合格できる学生が増えたことが影響しているのでしょう。それは、こうしたシステムが整っている首都圏に合格者が圧倒的に多いことからも明らかです」

 そう話すのは、東大工学部名誉教授・松島克守氏だ。

「もちろん、50年ほど変わらず毎年約3000人の学生が全国から選ばれているわけですから、他大学に比べれば皆優秀で、ピンキリの、ピンの学生の優秀さは今も変わりません。
  IQは高くて知的腕力もあり、まるで日本刀のような切れ味をもつ学生が50人に1人は必ずいます。こうした学生は、何をやらせても圧倒的にスピードが早い。たとえば修士論文にしても、集中力と頭の回転がケタ外れですから、普通の人の半分の時間、数ヵ月であっという間に仕上げてしまう。
  それ以外には、切れ味でたとえるとよく切れるが折れやすいカミソリ、鋭さはないが朴訥で堅実な木刀などの層がいるわけですが、おしなべて大人しく周りに合わせていく小粒な学生が増え、昔の東大生にいたような、優秀でさらに野心もある、迫力のあるタイプが減ったように感じます」

 ほかにはどんな劣化が見られるのだろうか。法学部のある教授が指摘する。

「授業についていけなくなる学生がいるにしても、昔なら文学だとか芸術だとか、他の方向を見いだして打ち込んだものです。ところが今では、出会い系やパチンコなどにハマって理性が飛んでしまい、学校に来れなくなる学生がいる。なんのために最高学府に入ったのか、昔なら考えられないことですね」

 文学部や理学部の先生たちも、こう言う。

「高校で習ったはずの微分方程式や三角関数、指数関数などの特殊関数ができなかったりして、これでは一橋とか普通の文系大学と同じじゃないか、なんのための総合大学なのかと悲しくなります」(文学部教授)

「みんな大人しくて質問もしないし、意見も言わないし、学生同士で議論もしない。研究とは独立して知の闘いの世界で生き抜いていくこと。これでこの先、生きていけるのか心配してしまいます」(理学部教授)

 こういった状況の原因の最たるものとして、指導要領の改訂による受験科目の減少がある。工学部の准教授は言う。

「'90年、新指導要領により共通一次試験がセンター試験になり、科目が7科目から6科目に減りました。これによって受験生の知識量は圧倒的に減ったといっても良く、東大生の質も落ちた。
  世界史も、日本史も、地理も、地学も、哲学も学んだことがない。そんな学生ばかりになったのですから、教養の量は圧倒的に減って、同じ能力を持った学生や集団でもアウトプットはかなり違ってくるのは当然です。

 私が学生だった'90年頃には、当時の先生から、『今の学生は知的年齢は、実年齢から4歳引いて考えないといけない』と言われました。つまり大学1年なら高校1年くらいの知性だというわけです。最近は、実年齢から10歳引くという先生もいますね(笑)」

 さらに、「大学院重点化」などの文科省の政策による定員数の増加が、東大生劣化の原因の一つだという意見もある。理学部教授の話。

「理学系では大学院から研究に本格的に取り組むわけですが、私が学生のときは、学科では1学年18人でしたが、今は95人です。ちなみに応募者数は120人でしたから、倍率はほとんど1倍。だれでも入れるようになってしまった。
  こうなると、ただテストの点数が取れたから、成績が一定に達していたから、家にお金があるからというだけで大学院に進学する学生も増えてくる。強い意志や目標、大きな夢を持って学生が集まっていた昔とは、まったく違う環境になってしまっているのです」

工学部は法学部より優秀

 しかし逆の意見もある。東大工学部環境海洋工学科教授で、世界最高峰のヨットレース「アメリカズ・カップ」に参戦した日本チームのテクニカルディレクターであり、新領域創成科学研究科を創設した宮田秀明氏だ。

「学生の質が低下しているなんてとんでもなく、変わっていません。特に工学部の学生は、依然としてたとえば法学部の学生よりもはるかに優秀です。

 文系でも、研究をする上で英語など外国語を使いこなせるようにしなければなりませんが、工学では身に付けねばならないものがもっとたくさんある。数学、物理、プログラミングなどの勉強もしなければならず、さらに実験器具を自分で作ったりすることもあります。

 ただ、問題は別のところにある気がします。今の学生は『なんのために生きるのか』『なぜ仕事をするのか』ということを深くきちんと考えたことがありません。そしてコミュニケーション能力が低く、体力もない。こうした要素のほうが、人間が大成するには必要なことなのだと思います」

 もっとも、それは学生のせいばかりでもないと工学部のある准教授は言う。質の低下を嘆くなら、学生よりも教員に問題があるというのだ。

「実は文系理系を問わず、いつも教室にあいさつもなく入ってきて、何十年も同じ内容の板書をし、黒板に話しかけているかのような授業を続ける教授、自分でも挑戦的な研究などしたことがないものだから、どう学生を指導していいか分からない教授など、どうしようもない"タコツボ教授"でいっぱいなんです。一度なってしまえばずっと居座れるので、教授にとって東大は天国なのです」

 明らかに勉強不足の教授も少なくないという。文科省の発表によれば、'07年の教授の研究時間は'01年のそれに比べて20%近くも減少している。おまけに、優秀な教員が必ずしも出世しないのだという。

「研究者としてエラくなりたければ、教授より能力があるところをみせてはいけない。そんなことが冗談半分で言われるくらい、実力のある研究者が出世できていないのです。そのせいで、かつては一世を風靡した工学部のあるメジャーな学科の質がすっかり低下して、近年には定員割れしてしまいました」

 東大の教員の能力のどこが一番問題なのか。前出の宮田教授はこういう。

「学生を育てる能力が教員にないことです。うちの研究室から社会に出て活躍しているOBの中には、学科の成績が最下位に近かった学生もいます。ただし研究者であっても勤め人であっても、成績よりも人間力の優れた学生のほうが大成しますね。うちの卒業生で、近いうちに大手バイクメーカーの社長になる予定の子がいますが、彼もそんな人間力のある学生でした」

 たしかに大学とは、成績が良かろうが悪かろうが、そもそも人材を育てる機関のはずだ。

「アポロ計画を実行し、初めて人類を月まで送ったのは、平均年齢26歳のチームでした。管理職は一人、40代のリーダーがいただけです。こういった人間を育てていかねばなりません。

 これから大切なのは、リーダーの育成です。『日本の人材は、労働者や一般人など末端は真面目で世界一優秀だが、逆にトップの出来が最悪』というのが世界の定説。優秀な若者をどうリーダーに育てていくか。これが東大が果たすべき課題でしょう」(前出・宮田教授)

 東大生の質の低下は、学生だけの責任ではないようだ。よく考えれば、教授も学生も一蓮托生。なんのために大学はあるのかという本来の目的を、今一度みんなでよく考えたほうがいいのかもしれない。

以降 「東大までの人」と「東大からの人」第2弾 vol.4 へ。