週刊現代賢者の知恵

2010年03月16日(火) 週刊現代

東大に入っただけで終わる人たち
まぐれで入ってついていけない
「東大までの人」と「東大からの人」第2弾 vol.2

「東大までの人」と「東大からの人」第2弾 vol.1 はこちらをご覧ください。

早稲田に行けばよかった

 東大が毎年行っている「学生生活実態調査」に、「東大生の不安・悩み」と題する「特殊分析」が掲載され始めたのは2年前のこと。その理由については、<現代の東大生の現実を知る上でとても重要なテーマだから>と書かれている。

休日の東大本郷キャンパスは、人まばら

 分析の冒頭では、<青年本来の不安や悩みをもつことはいうまでもない>と前置きしながら、<東大生ゆえの不安や悩みもある。おそらく、東大生の悩みや不安は、他大学の学生に比較して学業や進路に関する内容が多くなっている>と指摘している。

 同調査によれば、<希望に満ちて大学に入学した学生がまず直面するのは、大学の学業の難しさ>である。カリキュラムの消化が「多少困難」、あるいは「できない」と答えた学生は約22%で、その理由に「講義の内容が高度すぎて理解できない科目がある」を挙げた学生が約49%もいる。<約5人に一人の学生が授業の内容についていくのに困難を感じており、これも学生の悩みや不安の種となっている>というのだ。

 文学部の卒業生(29歳)は、そんな「できない」20%の一人だった。彼は愛知県の公立高校から文学部に合格したが、入学早々に思い知らされたのは、同級生の呑み込みの早さだった。

 フランス語の授業では、みなが1回で流暢(りゅうちょう)に発音できるところを、自分だけ5分間も「ボンジュール」とやらされる。一日かけて3ページ読むのがやっとだったヘーゲル哲学の教科書を、同級生は3時間で読み込み、上手に要約する。モノが違うと愕然とした。

「周りは開成(東京都)、灘(兵庫県)、筑駒(筑波大学附属駒場、東京都)などの"メジャーリーガーばかりですが、僕は地方無名校という"3Aマイナー"の選手。同じグラウンドで戦えるはずがないのに、たまたまホームランを打ってメジャーに来てしまった。早稲田に行っていれば、と後悔しました」

 鹿児島県の公立高校から経済学部に入った卒業生28歳)は、議論についていけないことに焦った、と言う。彼女は東大に入ったのだから好きな勉強を目一杯やろうと、少人数講義を履修した。テーマは戦争論。講義の最初に「戦争と人権」について書かれた英語論文が配付され、10分後にディスカッションを開始するという。

 3枚ほどのペーパーだが、10分経っても彼女が読めたのはほんの十数行。だが、周りはペーパーを読み込み白熱した議論を始めている。途中からは「(『戦争論』の著者であるプロイセン将軍の)クラウゼヴィッツが言っていたのは・・・」「歴史修正主義という観点から見れば・・・」と、ペーパーには書かれていない議論に「脱線」するが、彼女以外の10名は、どんな話題にも難なくついていった。

「私は、『君はどう思う』と聞かれないかとビクビクしていました。英語で議論をふっかける人もいて、もう止めて、と逃げ出したくなった。最近、そのペーパーが出てきて辞書片手に読んでみたのですが、今でも私には理解できませんでした」

 この両者には共通点がある。それは地方校出身ということだ。それも、久留米附設(福岡県)、ラ・サール(鹿児島県)、岡崎(愛知県)など毎年東大合格者を大量に出す高校と違い、年に一人か数年に一人出すくらいの"お受験無名校"の卒業生なのである。

「車輪組」と「裏口組」

 東大入学前に行われる2大イベントの存在を知っている受験生は少ない。その一つが、「クラスオリエンテーション(クラオリ)」。親睦を目的に、オリターと呼ばれる2年生が企画・主導し、新入生たちと1泊2日の旅行に出掛けるものだ。

 もう一つが「サークルオリエンテーション(サークルオリ)」。3000人余りの新入生が駒場キャンパスに総結集し、目当てのサークルをみつける行事だ。

 長崎県の無名校から農学部に入った卒業生(28歳)が、クラオリの集合場所に行くと、40人ほどのクラスメートの中に、人だまりができていた。麻布、筑駒、ラ・サールという超一流の高校出身者ばかりが、すでに集団を作っていたのだ。

 彼らは、塾が一緒だったり、予備校の模試で上位者だったりするため、高校時代から互いの顔か名前を知っている。そのため、すぐに仲良くなっていた。

「僕が出身校を言っても『初めて聞いた』『それどこ』と言われるだけで、中に入っていけませんでした。僕と彼らの共通点は、東大生であることだけだから、話題も広がらない。東大の友達をたくさん作ろうと思ってきたけど、初めから相手にされないのはきつかった」

 サークルオリでも、"超一流校集団"は先輩のツテを辿って、インカレサークルに勧誘されていった。彼は田舎っぽさの抜けない風貌からか、華やかなテニスサークルやイベントサークルからまったく声がかからない。意を決して少し地味目なテニスサークルを訪ねると、「セレクション」なるものを受けさせられた。

 入部希望者が募集人数より多い場合、先輩たちが面接して部員を選抜するシステムだ。「合格なら電話します」と言われたが連絡はなかった。後からその場で合格をもらっていた人もいたと聞いた時、自分は最初からダメだったのだと気づいた。

 教育情報通信社「大学通信」の安田賢治取締役はこう指摘する。

「入学時点で知り合いがいる関東組、有名校組と違って、地方出身者・無名校出身者は知人がいません。そのまま友達ができずに孤立する傾向が強い。東大合格者の約半数が、関東の高校出身。東京だけで900人近く受かりますが、一方で岩手、福島、滋賀、鳥取、佐賀などの学生は20人にも満たないのですから」

 ある現役東大生は、こうした地方無名校出身者を「車輪組」と呼ぶと話す。地方の神童がエリート学校で押しつぶされてしまうヘルマン・ヘッセの著作『車輪の下』に重ね合わせて揶揄(やゆ)しているのだ。もう一つ、「裏口組」という隠語もある。

 後期合格者を指しているという。「後期試験では、たまたま東大に受かってしまったという生徒が毎年出てきます。合格する力がないと思われた子でも、後期で引っかかるというケースがある。こういう子は基礎学力が足りていないので、大学の授業についていけない可能性が高い。そして、コンプレックスを抱き、東大生の輪に入れなくなる学生もいるのです」

 通信教育大手「Z会」学習支援課の小平雅澄氏はこう指摘する。冒頭に登場した文学部卒業生は後期試験に受かって入学しているが、やはり自らを「裏口入学者です」と自虐的に語る。

 そして、地方無名校出身かつ後期合格者という"ダブルハンディキャップ"から、彼は虎口を脱するかのように、東大からドロップアウトした。勉強では勝ち目がないので、"戦場"を渋谷に変えてナンパを繰り返した。ただ、「麻布から東大に入った」と嘘をつけば"喰い付き"が良いとわかった時には、一層虚しくなった。

 長崎の農学部卒業生(前出)も、入学早々、一人も友達ができなかったことに落胆し、アパートに引きこもった。彼は地元で「神童」と呼ばれ、東大に入ってからは、母校での講演会も頼まれた。地元に帰りたい一心で引き受け、全校生徒300人ほどの前で「東大とは」「受験の心構え」などを大いに語ったが、東京での自分の"実像"を思うと自暴自棄になったという。

 一方で、東大"メジャーリーガーたちは、インカレサークルでお茶の水、白百合、聖心の女子大生たちとキャンパスライフを謳歌する。仲間内で授業のノートを交換し合って、要領よく試験も良い成績で突破していく。都内の超一流校出身の東大法学部3年生はこう言った。

「僕の同級生にも、鬱(うつ)病になっちゃった人がいますよ。もともと目立たない地方出身者でしたが、2年生の頃から急に『ビッグになってやる』とか言って、サークルを作ろうとしていたけど、誰もついて来なかった。それで完全に心が折れたみたい。東大進学を約束された高校から入っていれば、背伸びせずに済む。普通の高校から、普通の大学に入っていればそんなことにならないのに」

敗者復活はない

 スタートダッシュで躓(つまず)けば、敗者復活も許されない。もちろん、その後の人生にも後を引く。

 文学部の4年生は滋賀の公立校出身。入学当初から東大に馴染めなかったため、サークルには入らなかった。一時は他大の学生と知り合ってロックバンドを組んでいたが、これもすぐに解散。

 

 いまは必修の授業にだけ参加して、残りは家でネットゲームをして過ごす。すでに3回留年しているので今年卒業する予定だが、就職のあてはない。「フリーターになります」と語った。

 冒頭で紹介した文学部卒業生は、すでにフリーター生活2年目に入る。3年生時に就職活動をしたが、日経新聞、読売新聞、博報堂など志望した会社すべて、書類選考か一次面接で落とされた。

 卒業後、一度は地方大学のロースクールに入学するも、司法試験も失敗。

 ロースクールを卒業した時、彼のもとに残ったのは「ロースクール3年分の奨学金」という借金数百万円だけだった。29歳になったが「一度も正社員として働いたことはないし、これからも雇ってもらえないと思う」と言う。親には現状を伝えてないので、帰省もできない。いまは知り合いの家を転々とし、飲食店のバイトで食いつないでいる。

 もちろん"メジャーリーガーの多くは、官公庁、大手企業に入ったり、弁護士になったりして華麗に社会人のスタートを切る。彼らはクラスやサークルの先輩ルートを最大限に利用し、互いに情報交換もできるから就職でも強いのだ。一方の"マイナーリーガー"たちのほとんどはこうなる。

「就活の情報が入ってこなかったので、完全に出遅れた。その時点で秋採用をやっていた中小企業に不本意ながら就職せざるをえなかった」(前出・農学部卒業生)

「もう東京は嫌なので地元に帰ることにしました。東大では、プライドを傷つけられただけだった」(前出・経済学部卒業生)

 今年も4月になると、東大駒場のキャンパスには、熾烈な「戦(いくさ)」を勝ち残った猛者たちが集まる。ただ、その内部には「出自」がモノを言う「格差社会」が広がっている。その残酷なキャンパスで勝ち残るのは、受験戦争より難しいのかもしれない。

以降 「東大までの人」と「東大からの人」第2弾 vol.3 へ(近日公開予定)。