長谷川 幸洋長谷川幸洋「ニュースの深層」

2012年03月16日(金) 長谷川 幸洋

辞任は遅すぎる!「ドライベントを失念」して半径10Kmの住民避難を怠った「A級戦犯」斑目春樹原子力安全委員会委員長が「原発再稼働」ストレステストを判断する「危険」

〔PHOTO〕gettyimages

 原子力安全委員会の班目春樹委員長が辞意を漏らしている。3月12日の記者会見で「精神的にやや限界で、区切りを付けたい」と述べ、3月末にも退任する意向を示した。

 斑目といえば、福島原発事故の発生当時、菅直人前首相から水素爆発の可能性を問われ、否定した直後に爆発し、見通しを完全に誤った政府の責任者である。

 福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の報告書によれば、爆発を目の当たりにした後も、誤った見通しを修正せず、それどころか「これは水素爆発」とすぐ認識していながら、茫然自失して、そのことを「だれにも言えなかった」と証言している。菅の前で「アチャー」と言って頭を抱えるしか術がなかったのだ。

 まったくプロとしての責任を放棄している。その後で再び、別の原子炉でも水素爆発が起きているのだ。

「ウェットベントだと思い込んでいた」

 斑目はもっと重要な失敗も犯している。

 事故発生翌日の3月12日未明、原子炉格納容器の圧力が異常に高まって、容器内の圧力を抜くために外界に直接排気するベントの必要性が出てきたとき、斑目は住民避難の範囲を狭く進言して、結果的に多くの住民を放射能被曝のリスクにさらした。それは、こういう事情だ。

 ベントには圧力抑制室から排気するウエットベントと格納容器からのドライベントがある。放射性物質の放出はドライベントのほうが断然多い。斑目はウエットベントを念頭に「チェルノブイリでも30kmぐらいまでしか立入禁止区域がありませんから(放射性物質は)そんなに広く飛ぶわけではない」と説明し、これを受けて原子力安全・保安院と安全委は半径3kmまでの避難区域を見直さない方針を決めた。

 ところが、東京電力は現地との協議で放射性物質の放出が多いドライベントの実施を決めた。結果的に大量の放射性物質が放出されてしまったのだが、斑目はどうだったか。「ドライベントは失念していた。ドライベントをやる場合には避難は3kmでは足りない。10kmは避難しなくてはいけない」と語っている(報告書)。

 つまり斑目はウエットベントとばかり思っていて、ドライベントは忘れていたので「3kmの避難で大丈夫」と思い込んでいたというのだ。こういう人物がいまも原子力安全委員会のトップに座っているのだから、国民は救われない。

再稼働ありきの野田首相

 その斑目が辞意を固めたのは遅きに失した感があるが、なお重要な役割を担っている。原発再稼働に向けたストレステスト(安全評価)で保安院が出した評価をチェックする仕事である。

 野田佳彦政権は原発再稼働に向けて着々と段取りを整えている。東京電力が実施するストレステストを保安院が評価し、それを安全委が確認する。その後、野田と藤村修官房長官、枝野幸男経済産業相、細野豪志原発事故担当相の4人があらためて安全性を確認して、地元の理解とりつけに全力を挙げる方針だ。

 野田は記者会見で「自分が先頭に立たなければならない」と力説した。「地元の理解」うんぬんまで語っているのを見れば、再稼働が既定方針になっているのは明白である。

 野田の姿勢は「先に再稼働の結論ありき」であり、逆に言えば、ストレステストには最初から合格という答えしか用意されていない。不合格がないテストなのだから、これはテストではなく、単なる国民向けの目くらまし、茶番である。

 専門家である斑目は政治の判断がどうあろうと、それはそれとして純粋に科学的見地から原発が安全かどうかを評価する役割を担っているはずだ。答えが合格しかないなら、専門家が裏打ちするのは、むしろ犯罪的とさえ言える。素人の国民はうっかりだまされ、結果は安全と信用してしまうかもしれないからだ。

 絶対安全神話の下で科学的判断がなおざりにされ、政治的ないし経営的判断が優先された結果、事故を招いたというのが今回の根本的教訓である。

 その点を斑目も多少は自覚しているのかもしれない。

 斑目は2月17日、民主党の川内博史衆院議員との会談でストレステストについて「再稼働とは関係ない。2次評価まで終わらなければ、安全性の判断はできない。1次評価は安全委が要求しているレベルに達していない」と語った。その後、国会でも同じ認識を維持している。

 1次評価とは定期点検中の原発に対する簡易版のテストであり、2次評価は核燃料が溶融する深刻な事故を想定して全原発が対象になっている。

科学者としての良心に目覚めたのか

 ここへきて斑目が科学者の良心に目覚めて、御用学者として政府の片棒を担ぐのはやめようというなら結構なことだ。ぜひ「保安院の評価は適切なものでした」というような合格のハンコを軽々しく押すのはやめていただきたい。

 そのうえで、本来「原発の安全チェックには、どんな手続きが必要なのか」を純粋に科学的、専門的見地から示してもらいたい。国民が税金で専門家の意見を求めるというのは、そういう役割を果たしてもらいたいからだ。

 斑目が辞意を漏らしている背景には、そうした専門家としての良識と政府との板挟みになっている可能性もある。「3月末で辞めたい」というのは「1次評価に対する安全委の確認作業を終えてから辞める」という話なのだろうか。

 そうであるなら、斑目に言いたい。

 なにも3月末まで待つ必要はない。いますぐ、さっさと辞めるべきだ。それだけでなく、記者会見を開いて「1次評価で原発が安全というのは間違いだ。それを受けて原発の素人である首相ら閣僚が再稼働を決めるのも間違いだ。そういうデタラメの片棒を担ぐことはできない」とはっきり述べるべきだ。

 そうしたからといって、いまさら原発事故の対応で犯した数々の誤りの責任を免れることはできない。しかし、少なくとも「斑目は最後に良心を守った」という評価を得ることはできるだろう。

 いま斑目が辞めれば、野田政権の再稼動手続きは中断するかもしれない。ここは斑目にとって、名誉回復の最後のチャンスである。

(文中敬称略)