FRIDAY永田町ディープスロート

2010年03月12日(金) FRIDAY

小泉進次郎「ボクは自民党のパンダでいい!」
上地雄輔の叔父の通夜に駆けつけた
ホープに新党問題を直撃!

 本誌直撃にも余裕の表情。昨年の選挙運動の時に比べて、スーツや靴のグレードが格段に上がっていた。

「ボクはよく"客寄せパンダ"とか言われますが、自民党から『利用できる新人』と思われていることはありがたいことですよ。自民党が動物園だとすれば、パンダがいる動物園のほうがいいじゃないですか。ボクはパンダで構いませんよ」

 3月1日夜半過ぎ、小雨の中、小泉進次郎代議士(28)は本誌記者にこう怪気炎をあげた。進次郎氏は2月下旬だけでも長崎、群馬、山口、沖縄と遊説局長代理として全国の選挙区を駆け回っている。支持率低迷にあえぐ自民党にとって、今や進次郎氏の人気は何ものにも代え難いもの。その過剰な使われ方を質問すると、冒頭のように答えたのだ。

 進次郎氏は喪服姿である。というのも、この日、進次郎氏は地元・横須賀で営まれた、ある葬儀に足を運んでいたのだ。多くの弔問客に囲まれたのは、サイバネット取締役の上地敏之氏(享年54)。葬儀には、吉田雄人・横須賀市長(34)ら錚々たる弔問客が詰めかけた。

 分かる人には分かるかもしれない。「横須賀」→「上地」と来れば、マルチタレントの上地雄輔氏(30)を思い浮かべる人が多いだろう。故人は、雄輔氏の叔父。進次郎氏はこの葬儀の弔問に訪れていたのだ。それにしてもなぜ進次郎氏が?

「故人の実兄である上地克明市議は小泉純一郎さん(68)、進次郎の選挙を手伝っている。昨年、進次郎の初出馬の際、世襲批判の逆風が吹き荒れた。慌てた純一郎さんの実弟の正也さん(65)は雄輔の応援演説を提案したほどです。進次郎が『雄輔くんは応援に来なくていい。気持ちだけで』と断りましたが」(市議会関係者)

 葬儀後、夜半過ぎまで政党支部の事務所に詰めていた進次郎氏が出てきた。本誌記者を見つけると、「寒い中、待たれていたんですか。敬意を表します」と笑顔。やや酒臭かったのはご愛敬か。

―故人・敏之様との想い出は?

「歌が上手い方でした。最初(の出会い)は学生時代だったかな。日本にいる時はプライベートで一緒に飲んでいます」

―上地克明市議の息子の雄輔、亮輔兄弟とも仲がいいですね。

「弟の亮輔さんは高校時代の野球部の先輩です。夏の大会で亮輔さんがセカンドでボクがサードを守った。そのつながりで高校時代から上地家に出入りし、雄輔さんとも自然と仲良くなりました」

 上地家について語る進次郎氏は穏やかだが、質問が政局に及ぶとまなじりを決すのであった。実はこの日、日本外国人特派員協会にて前厚労相の舛添要一議員(61)は「新党もあるし、(残って)今の党を変える可能性もある」と新党結成や谷垣降ろしにも言及。

 元法相の鳩山邦夫代議士(61)も週刊誌などで新党結成をぶちあげるなど自民党分裂による政界再編が取りざたされている。

―新党への誘いは?

「ないですね。新党とかまったく興味ないです。断固反対。私はこの前の総裁選は河野太郎さんの名前を書いた。でも自民党の過半数の方は谷垣さんと書いた。皆で谷垣総裁と決めた。一度担いだんだから最後まで責任を持って絶対に担ぐ。今一番必要なのは一致団結です。谷垣総裁が決めたことは色々意見があろうとも、皆で頑張ろうとまとまることが大事」

―ご自身がトップになるつもりは。

「トップになるのは自分がなりたい、なりたい、と言ってなれるものではない」

周りが押してきたら?

「あり得ませんよ。国会議員になってまだ半年。経験も適性も足りない。新人は、党がやれ、といったことを着々とこなすこと。それが下っ端の役割です。与えられた役割を着々とこなすことが今の自分の為すべきことです」

―2月の地方選では、東京・町田市長選、長崎県知事選で連勝しました。風向きが変わったのでは。

「民主党に対する風が弱まって、自民党に対する風が順風となったわけではない。楽観はできない。去年9月、解党的な出直しをする、と言ったにもかかわらず、そう思っていない方が多いと思います。だから支持率も上がらない。今までやってきたことで支持率が上がったとしたら危険です。この程度の改革でいいのか、となってしまう。自民党が真に変わった姿を見せることが最も必要なこと」

 葬儀の日の深夜、進次郎氏は自民党への愛を滔々と語った。自民党は、雄輔氏がアラジンのメンバーとして歌ったように『陽は、また昇る』となるのだろうか。