伊藤 博敏伊藤博敏「ニュースの深層」

2010年03月04日(木) 伊藤 博敏

「過払い金」に続く「返還ビジネス」を
模索する弁護士業界
賃貸住宅更新料や残業代も対象に

 弁護士業界に、「返還ビジネス」という新しいジャンルが誕生した。

 きっかけは商工ローン業者や消費者金融業者に対する「過払い金返還請求」だった。その後、さすがにサラ金いじめもピークアウトしたが、しっかりと次のマーケットを探している。風は弁護士業界に吹いている。消費者庁が誕生、民主党政権は「自己責任」より「消費者保護」の立場を鮮明にしている。その風潮を見極めて、裁判所が「返還」を命じるケースが多くなることが予想される。

 たとえば賃貸住宅の更新料である。

 昨年8月、大阪高裁は「更新料は消費者契約法第10条に違反する」という判決を下した。

 最終判断は最高裁に委ねられたが、高裁判決が"踏襲"されると、消費者契約法の施行(2001年4月)に遡って更新料の返還を求められる可能性がある。

 この波及効果は大きい。更新料を伴う賃貸契約が最低でも年間100万件はあるということなので、9年間を対象とすれば1兆円内外の「返還ビジネス」が誕生することになる。

脱税で摘発された弁護士事務所

 また、残業代についても返還請求が増えているのをご存じだろうか。

 「過払い金返還請求」でテクニックを磨いた弁護士事務所が、小口請求を代行しているのだ。企業サイドも訴訟はさけたいと、現在のところ支払いに応じている。残業代は2年の短期消滅時効ではある。しかし「取り戻せる」と分かれば駆け込む離職者が、今後、急増しよう。ここでも「返還ビジネス」は広がりつつある。

 前述のように「返還ビジネス」は、多重債務者の救済を名目にした「過払い金返還請求」から始まっている。しかし、実は弁護士救済のプログラムでもあるのだ。

 過払い金問題を振り返ってみよう。

 電車の中吊りやテレビCMなどで、「その借金、払い過ぎていませんか」などと、弁護士事務所や司法書士事務所が、「過払い金返還請求」を消費者金融や商工ローンの顧客に呼びかける広告が増えたのは最近のことだ。

 きっかけは、2006年1月、最高裁がグレーゾーン金利(利息制限法の上限20%と出資法の上限29%の間の金利)を認めないという判決を出したことだった。弁護士業界(簡易訴訟代理を認められた司法書士も含むが本稿では除外)は、「過払いバブル」に沸いた。

 月に7000万円もの広告費を使ってテレビCMを流す弁護士事務所もあれば、パラリーガルと呼ばれる弁護士業務の補助者を数十人も雇い、1日に100件もの任意整理事務を処理する弁護士事務所もあった。

 力を入れるのは儲かるからだ。国税当局がそうした弁護士に税務調査を入れたところ、脱税で摘発されたケースが続出。業務はパラリーガルに任せ、本人は海外旅行を楽しむといった悪質なケースもあった。

 弁護士が依頼者から受任した場合、その旨を業者に通知、取引記録の開示を求め、記録に基づいて計算ソフトに入力する。弾き出された結果が過払いならばその額を請求、業者と折り合いをつければいい。

 機械的な処理なので、大量に広告を打って大量の顧客を確保することが可能だ。報酬のメドは返還額の20%。これまでに2兆円近い過払い金返還が行われている。弁護士業界には単純計算で約4000億円が支払われたことになる。

 この小口債権の回収で、機械的に過去に遡ることで得られる"旨み"を知った弁護士業界は、もう引き返せない。更新料や残業代にとどまらず、次々に「返還ビジネス」を仕掛けることだろう。

資格があっても仕事がない弁護士

 そうしなければ仕事がない。

 弁護士の数は急増、1995年の1万5000人が2008年には2万5000人を突破、今後も司法試験の合格者を毎年3000人とすることを決めている。資格はあっても仕事がない弁護士たち。返済能力のある企業を相手にした「返還ビジネス」の急増も無理はない。

 むろん、この傾向に対する批判も強くなっている。税金も払わない「ハイエナ弁護士」のなかには、顧客のカネを着服、あるいは法外な成功報酬を要求する者もいる。救済されているのは多重債務者ではなく弁護士業界というのが現実である。

 過払い金返還請求がもたらしたのは、商工ローンのロプロ(旧日栄)、SFCG(旧商工ファンド)といった老舗の倒産、あるいは消費者金融大手四社の一角のアイフルが私的整理に入るなど、小口無担保金融モデルの破たんだった。20万人近い雇用を抱える業界は揺らぎ、多くのノンバンク社員は職を失った。社会的損失は大きい。

 弁護士のための「返還ビジネス」の急増をこのまま許していいのか――そんな論議をすべき時にきている。